「「とても優しい、でもいつも不幸に見える」 かつて恋人にそう評された高校教師が少年時代に背負うことになった後悔と心の痛みとは?」年少日記 Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)
「とても優しい、でもいつも不幸に見える」 かつて恋人にそう評された高校教師が少年時代に背負うことになった後悔と心の痛みとは?
私は十代の頃にドイツの作家ヘルマン•ヘッセの書いた小説『車輪の下』を読んだことがあります。厳格な父親のもとで育った成績優秀な少年が神父になるべく寄宿制の神学校に進学するが、やがて神学校の厳しい規則や周囲の期待の重圧に押し潰されて道を違えてゆくといった内容のストーリーだったと思うのですが、20世紀初頭に発表された小説にも関わらず、当時の受験競争にも通ずるところがあったようで、当時の中高生たちにそこそこ読まれていたような記憶があります。そんな時代から数十年を経て、ここ日本では少子化や社会の変化とそれに伴う親の考え方の変化等により、競争は以前より緩やかになった感があります。でも、この作品は香港版、かつ、年少版の「車輪の下」とも言える内容で、強制された教育や過酷な競争で押し潰されてゆく子供を描いていました。
主人公は高校教師のチェン(演: ロー•ジャンイップ)。まず、彼のたたずまいに独特の何かを感じます。彼は校内で起きたある事件で楽観的な見解を述べた副校長に抗って語気を強めて反対意見を述べたりします。また、元気のない女子生徒とともに香港の街を見下ろす高台に登り、そういうときにはここで大声で叫べばよいと自ら叫んで手本を示したりもします。これだけのことを字ヅラだけで追うとかなりの熱血教師のようですが、彼には熱量みたいなものが決定的に足りていない感じです。いい教師で生徒に寄り添うこともできるのですが、何か寂しそうでクールを通り越して虚無的な感じさえします。熱血教師が中心だった日本のドラマにはいなかったタイプ。強いてあげれば、松坂桃李がやった御上先生あたりが近いかな。
チェンは校内で起きたある事件をきっかけにタイトルにある「年少日記」を読み返し始めます。物語は現在と過去の回想を行きつ戻りつします。このあたりの作劇がかなり巧みです。途中にある大掛かりなひねりや映画的誇張、映画的省略の組み合わせを通して物語が動き、彼が背負うことになった後悔と心の痛みの正体と原因が解き明かされてゆきます。レビューのタイトルにあげた「とても優しい、でもいつも不幸に見える」という恋人の言葉にある不幸の根幹にはいったい何があったのでしょうか。
実は私はこの物語にすっかり食らってしまい、後半の何箇所かで嗚咽をもらしそうになりました。3-4席ほど離れた席に座っていた女性のお客さん(まあそんなに客の入るタイプの作品ではなく、ほぼ全員がひとり客でぽつんぽつんと離れて座ってる感じで最寄りのお客さんでした)はもっと食らっていたようで、後半、ほぼ泣きっぱなしだったのを私の左耳が捉えておりました。チェンが背負った後悔と心の痛みは恐らく一生消えることはないでしょうが、教師としての彼はそのことがあるからこそ、生徒に優しく寄り添うことができる…… と書くとまた目が潤んできそうです。
この作品の監督/脚本を担ったニック•チェクはこれが長篇デビュー作だそうですが、なかなかどうして、脚本も演出もとても巧みでした。どんな人か知りたくてネット検索してみたのですが、分からずじまい。サイトにあったインタビュー映像を見る限り、若そうな感じだったのでこれからが本当に楽しみです。
巧みな作劇に翻弄されながらも大いに感動した作品でした。作劇があまりにうますぎて技巧に走ってる感もあるので星半分減らそうかとも思ったのですが、やはりこの感動にはかえがたくフルマークで。
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