普通の人びと 彼らを駆り立てる狂気のレビュー・感想・評価
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敬老の日に100歳の判事の言葉が身にしみる
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加害者側の論理だ。
『自分達も殺す事で苦しんだ』さて?
1941年10月16日と言う事は、僕が生まれる僅か16年前に起こった出来事。場所はウクライナ ルブヌイ。僕が生まれてもうすぐ66年が経つ。同じ事をやっている。
『ホロコーストは機械的に処理された作業ではなく、殺す側も殺す事を理解していた。殺さない事で虐殺されたドイツ兵の報告は無い』と言った主旨の発言が少しショックだった。
1948年4月10日ニュルンベルク判決の日
絞首刑になるナチス・ドイツの『OHLENDORF』に聞いた。
『私に出来る事は』『無い、自分の妹でも撃っただろう』と後悔の言葉は無かったそうだ。
オーレンドルフは愛国心の強い男だったそうだが、その判事は彼に対して『怪物』と感じなかったそうだ。
『自分が歯車の一つで責任は無いと思い込む』それが加害者の常套手段だ。
理解できる。
さて、ドイツには軍隊が今でも存在する。NATO軍と称して、NATO軍が攻められれば、専守防衛以上の事をする。
ヒトラーは100年後にナチスが復活すると遺言に残したそうである。
僕は幼い時に『絶対的に戦争には行きません』と作文したためたそうだ。親父が喜んでいたのを思い出す。だから、結論を言えば『如何なる争いにも私は加担しません。逃げます』と宣言する。
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