「終末論的「セカイ系」に接ぎ木された「日常系」。日本のサブカルの集大成がここに!」デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章 じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0終末論的「セカイ系」に接ぎ木された「日常系」。日本のサブカルの集大成がここに!

2024年5月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

若干観に行くのが億劫で、ずるずると先に引き伸ばしていたが、そろそろ後編が始まってしまうので、重い腰を上げて視聴。

うーん、これはたしかに「くそヤバい」!!!
控えめにいっても、傑作だ……。
なんだろう、この圧倒的な情報量と語り口の巧さは。
2時間引きずり回されて、いっときも間断するところがなかった。
観に来て良かった!!!

セカイ系としての非日常+『けいおん!』に由来する日常系。
祖型としての『ドラえもん』と『インデペンデンス・デイ』と『SF/ボディ・スナッチャー』。
創作背景としての「3.11」と「コロナ禍」、そして「安保」。
なんだか、日本のサブカル、日本のアニメの「総決算」を見せられてる感じがする。
(ない要素は、時間の巻き戻しと異世界転生くらいだが……後編にあったりしてw)

浅野いにおの原作は未読。
題材を聞くかぎり、観る前はつくみずの『少女終末旅行』(2014~18、あれのアニメもまあまあの傑作でした)みたいな内容なのかな、と思っていた。
なんにせよ、昔だったら『月刊アフタヌーン』で連載されてたようなやつ(笑)。
壊れ果てた世界と生き生きとした少女たちが対比されていて、しんみりとしていて、静謐で……みたいな。

だが実際は、だいぶ違っていた。
宇宙人が侵略(?)してくるヤバい戦時状況下で、当たり前の青春を送る学生たちという意味では、『輪廻のラグランジェ』(2012)や、『ゼーガペイン』(2006)、さらに古いのだと『学園戦記ムリョウ』(2001、出だしのノリが良く似ている)や『宇宙のステルヴィア』(2003)あたりにむしろ近い感じか。
宇宙人が交じり込んでいても、ラノベ的なわきゃわきゃした日常が展開されるという意味では、『電波女と青春男』(2011、似たような宇宙服来た宇宙人w 入間人間や日日日あたりのラノベとは、世界観もなんとなく近い感じがする)とか、『かしまし』(2006)、さらに古いのだと『お願い』シリーズとか。

なんにせよ、思っていたよりは、かなりみっちりしていて、粘っこくて、えぐみがあって、脳に焼き切れるような負荷のかかる、猛烈に「濃ゆい」アニメだった。

原作者自身は、『けいおん!』(2009)を観て本作を企図したとのこと。
要するに、『新世紀エヴァンゲリオン』(95)や『ぼくらの』(2004~09、アニメ2007)のような、宇宙から侵略者がやって来るシリアスな「セカイ系」に、少女たちの軽やかな「日常系」を接ぎ木したらどうなるのか。そういう実験だろう。

僕は、とくに後半の展開に度肝を抜かれた。
「信用できない話者」の要素を噛ませてくる、意想外の小学生編。
ここで、こういうふうに仕掛けて来るのか。
いやおうなく、主人公たちのキャラクターが二重、三重にぶれて複層化する。
こうであるはずだった物語が反転し、油断のならない語りに緊張が走る。
話を思わぬ方向にツイストさせてきたアニメスタッフの力量に感服。
パンフによれば、小学生編って、原作では終盤になって明かされる内容らしくて、映画版前章の終わりにくっつけることを提案したのは、脚本の吉田玲子らしい。
さすがは吉田玲子先生。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のTV版と映画版のホンの出来があまりにひどかったので、正直この人の神通力ももう失せたかと思っていたが、やっぱり構成感への嗅覚はすごいな。

主人公ふたりの強烈なキャラクター。
一癖もふた癖もある周辺の人物。
ギャグとシリアスの抜群の塩梅。
当たり前の日常と大量死の対比。
セカイに翻弄されているかと思えば、
セカイを翻弄している転調の落差。
圧倒的な技術力で到来した宇宙人が、
武力でまったく地球人に勝てない不思議。

すべてのバランスがヘンテコに崩れていて、
崩れたままに、奇跡的な均衡を保っている。

うーむ。今年観たなかでもダントツで面白い。
先が気になる。主人公の運命が気になる。
地球の未来が気になる。

― ― ―

すべてに納得がいっているかというと、そうでもないのだ。
たとえば、とある人物が死んだときの主人公たちの反応を描いたシーン。
あれは僕のセンスからすると、どうしようもなくダサい。
狙っているギミックがあからさま過ぎて、思わず赤面してしまう。
あるいは、自衛隊や軍需産業の描き方。さすがにあれは図式的にすぎないか。
少なくとも、僕が仕事で出会った士官クラスの自衛隊員は、本当に優秀な人達だった。
てか、攻撃してこない対象に対する攻撃命令はそう簡単に下りないと思うし、周りに被害が出るような撃墜指示を避難誘導なしに行なうとか、実際にはあり得るんだろうか?
というか、自宅警備員、陰謀論者、トランスヴェスタイト、テロリスト、脳筋の軍人など、時代の要請する「香ばしい人々」の類型をひとところに集めようとし過ぎて、ちょっと物語として飽和している印象がある。
そういや、小学生時代編の門出の変貌ぶりも、さすがに展開が急すぎる気がした。
もともとそうなりそうな気配はあったといえばあったんだけど、妊婦さんを見てのいきなりのアレは、唐突過ぎて個人的にドン引きしてしまった(門出に、というよりは演出に)。
他にも、小学生編での「デーモンズ」の掌の返し方は不自然じゃないか?とか、先生のキャラ付けはこれでいいのか?とか、顔だけアンチ「萌え」の方向に振りながら身体やスカート回りの描き方が結構性的なのはどうなの?とか、まあ、文句を言い出せばいろいろあるわけだ。
宇宙人回りに関しても、本当に無抵抗主義についての説明が後編でちゃんと綺麗につくんだろうか?とか、なんで虐殺されてる調査員たちは「隠れ蓑(透明マント)」を有効に使わないんだろう?とか、ラストのアレが無数に降って来るシーンとか(映像イメージとしては素晴らしいけど)どうやったら実際に起こし得るのか?とか、気になるところは結構ある。

でも、そんなことはどうでもいいくらいに、僕は物語に強烈に引っ張りまわされたし、門出とおんたんのキャラクターに圧倒的に惹きつけられたし、終盤の転調に思い切り愕然とさせられた。
まさに、これぞ「日常系」を包含した「セカイ系」。
日本の磨き上げてきた最強ギミックを、宮崎駿とも富野由悠季とも新海誠とも異なる方向で、きちんとまっとうなSFとして仕上げてきている。

しかも本作は、社会的な批評性にも事欠かない。
話の出だしはまんま『インデペンデンス・デイ』(巨大宇宙母艦の襲来と居座り)だが、そこに関東大震災で起きた諸問題(放射能汚染の恐怖、通信インフラの遮断、進まない被災地復興などなど)や、ネット世界で跋扈する陰謀論(環境汚染、仮想敵、お花畑友愛論)と感情的なレスバトル、近づく軍事的危機(ロシア、中国、北朝鮮の外圧)と日米安保の功罪、コロナ禍、いじめ問題、ネグレクトなど、ありとあらゆる日本を取り巻く重大事が、ヒロインたちの周辺事象として引用されてゆく。
今そこにある危機。
でも、敢えてそこから目を背けて、少女たちは青春を謳歌する。
ひりひりするような終末の予感がまぎわに迫っているからこそ、とりとめのない日常が光り輝く。少女たちの何気ない交流が、特別でかけがえのない瞬間となる。
何度も作中で予告される、「人類終了まであと半年」のカウントダウン。
いやおうなく、緊迫感が高まる。
いつまで、このたおやかで親密な友情のやり取りは続けることができるのか。
過去の記憶が戻ったとき、いまの幸せな時間は喪われてしまうのか。
いやあ、本当に、後章が楽しみだ。

あと、やっぱり触れておかないといけないのが、幾田リラ(イクラ)ちゃんとあのちゃんの演技だろう。
プロの声優たちにまじって、まったく遜色がない。
ふつうに演技が出来ているどころか、喧嘩のシーンとかガチ度が半端ない。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃうまい。
ちょ、これ、どういうことなん???
今までも北村 匠海とか 賀来賢人とか吉沢亮とか、やらせてみたらバリバリに声優演技が出来る若手がいたのは確かだが、彼らはそれでも「俳優」であり、演技は一応本職だった。
イクラちゃんも、あのちゃんも、本職は歌手だ。
それも紅白とか出てる、売れっ子の一線級の歌手。
あのちゃんは結構ドラマには出てるけど、声優やるのは初めてっぽい。
イクラちゃんに至っては、ほとんど演技経験すらなさそう。
なのに、なんでこんなにできるのん??? おかしくない???

結局、今の若い子たちって子供の頃から、萌えアニメとか見まくって血肉にしてて、二人とも歌手といっても、アニメやアイドルに近しいところで「作り込んだ声演技」を聴きまくって生きて来て、耳がめちゃくちゃ良いから、最初からああいうアニメ特有のしゃべり方をちゃんと「耳コピ」出来てるってことなんだろうなあ。

なんか、醜い感情だけど、その才能にいささか嫉妬しちゃう(笑)。なんだよ、やってみたらさらっと声優まで出来ちゃうとか、お嬢さんたち世の中に対してちょっとは申し訳ないとか思わないの??みたいな。
ほんと、恐れ入りました。

まあそんなこんなで、週末に封切られる後章に大いに期待したい。

― ― ―

以下、備忘録。

●中川ひろしお兄ちゃんにガチ笑う。なんだよ、その地獄のミサワか『監獄学園』のアンドレみたいなアゴ(笑)。池上遼一絵でもなんかそんなキャラいたな。中村悠一かと一瞬思ったが、良く聴いたら諏訪部だった(笑)。

●門出ちゃんが「デーモン」の綽名つけられるの、よくわかる。僕も小学校の頃は問題児童で、松木宣子ちゃんが自分のことを「のこ」って呼んでたので、黒板に「まつきのこ」のマタンゴみたいな絵を一面に描いておちょくってたら、終わりの会でぎゃあぎゃあ泣かれて、教師にボコボコに殴られたのを思い出した。

●いそべやんの造形がどうも桜玉吉っぽいと思ってたら、家に帰ってからWikiの「浅野いにお」の項を見てて、生涯ベスト漫画に桜玉吉の「幽玄漫玉日記」を挙げているとあって草。

●いそべやんって、藤子プロの許可って得てるのかな?(笑)

●小学生編の後編は後章で扱われることになると思うが、いかにうまく高校生編に話をつなげてくるかは楽しみ。現状ではあまりにキャラや状況に齟齬があるので。

●映画の最後で、TARAKOさん(デべ子役)追悼のテロップが流れる。ご冥福をお祈りいたします。

じゃい