「アパートは住民のものです」コンクリート・ユートピア sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
アパートは住民のものです
日本でも高度経済成長期に団地建設のラッシュがあったが、今では特に地方に行くほどその団地地帯がゴーストタウン化している現状を目の当たりにする。
そんなことを韓国の住宅事情が説明される冒頭の映像を観ながらぼんやりと考えていたが、次の瞬間に一気に意識が画面に引き戻された。
天変地異によってあっという間にソウルの街は破壊し尽くされてしまう。
ただひとつ奇跡的に倒壊を免れたひとつのアパートを残して。
これも災害が起こった時の人間の本質を残酷なまでに問いかけてくる作品だ。
人は希望を失った時にその本性が顕になる。
はじめは避難民を受け入れていたアパートの住民だが、次第に争いが耐えなくなり、住民の過半数が避難民を追放すべきだという意見を持つようになる。
投票によって代表に選ばれた男が避難民に退去を命じるが、それに反発した者たちとの間で流血沙汰になってしまう。
しかし代表の気迫に押された避難民たちは退去を余儀なくされる。
住民たちは声を上げて代表の栄誉を称え、代表はその声に恍惚な表情を浮かべ、やがてカリスマ的な存在となっていく。
ここで描かれるのは住民と非住民との完璧な分断だ。
代表は何度も「アパートは住民のものです」と宣告する。
外からやって来た者には容赦をしないが、住民がいくら規則を破っても命を取るようなことはしない。
代表はやがて住民を結束させるためのルールを掲げ、彼らを縛り付けていく。
後にその代表の男の出自が明らかになるというサスペンスの要素もあるのだが、この映画を観ていかに非常時に人の思考が麻痺していくかを思い知らされた。
そして善人でいられるか、悪人になってしまうかは、その人間の本質ももちろんあるが、その時の状況次第でもあるのだ。
たまたまアパートの住民であったという為に「持っている」側にいられた人間か、非住民であるが為に「持たざる」側に立たされてしまった人間。
アパートの住民のほとんどが自分たちだけが助かる道を選んでしまったが、自分たちだけ助かっても意味がないのだ。
集団心理とは恐ろしいものだが、それでも人は助け合わなければ生きていけない生き物だ。
身勝手の先にあるのは憎悪と破滅だけだ。
正直、観ていて暗い気持ちになるシーンばかりの作品だ。
そして自分だったら正常な思考でいられるだろうかと何度も考えさせられた。
このアパートには夢も希望もなかったが、映画の終わりは少しだけ光が射し込むような柔らかさを感じた。