コラム:湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。 - 第4回
2025年4月11日更新

「映画のファッションはとーっても饒舌」という湯山玲子さん。おしゃれか否かだけではなく、映画の衣装から登場人物のキャラクター設定や時代背景、そしてそのセンスの源泉を深掘りするコラムです。
クラシック作から仕事とエロス描く最新話題作「ベイビーガール」まで 女性の社会進出とファッションの変遷

(C)2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
女性の社会進出が奨励され、加速しているニッポン。その理由としては、深刻な少子高齢化時代を迎え、移民よりは女性の活躍の方がマシ、と権力側が渋々思ったのかどうか……。さて、映画におけるキャリアファッションは、その時代、地域、職種を生き写す。日本においてのそれは、セクシーや華美、攻撃性、つまり同僚男性の劣情を刺激する服はNGであり、場の空気に同化する協調性が重要という点であろうが、個人主義的センスが社会に浸透している欧米先進国の働く女性のファッションはまたちょっと、趣と力点が違うのだ。
キャリアファッションには、男にバカにされないという戦闘服の部分と、女らしさ、自分らしさの表現、同性同士の目配せ、そして、妻や母という家庭での立場、など多種多彩の要素が入ってくるが、ニコール・キッドマン主演、新時代のエロティックエンターテインメントと銘打たれた「ベイビーガール」は、CEOとして会社のトップに立つ主人公を通して、その「今どき」の装いをもれなく伝えてくれる作品でもあった。

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▼キャリア女性の「今どき」の装い、性的ファンタジー描く「ベイビーガール」
主人公のロミーは、ニューヨークで起業し、愛する夫と子供、キャリアと富と名声、そしてルックスも際立つCEO。そんな完璧女性が若い男性と激しく恋に落ち、官能の扉を開いたはいいが……、という展開は、1990年代にお目見えした、エロティックサスペンスを彷彿させるが、そこに主人公女性のマゾっ気強めの性的嗜好が入ってくるところがミソ。男性を多く部下に従え、コントロール能力に長けた彼女が、よりによって、男性優位のマチズモな性的ファンタジーを内在するという、不都合な真実が描かれていくのだ。
そう、本作のポイントは「男に支配、命令されることこそに萌えてしまう」という、実は多くの女性が隠し持っている性的ファンタジー(壁ドンしかり、レディコミやBLにもこの手は非常に多い)をテーマに置いたところ。主人公のお相手はよりによって自社のインターン男性、つまり会社ヒエラルキーの底辺的存在なのだが、公と死とに引き裂かれた主人公の、スリリンングな状態を経てのしたたかでビターなラストもまさに今で、「それでも、CEOの人生は続く」というハードボイルド。
衣装デザインは、カート・アンド・バード。リアル成功者である主人公の、血肉化したコントロール能力と社会性をその衣装で完璧に伝えている。スタイリングの爪痕を残すよりも、どこをとっても、「この女ならばコレ着るでしょ!」という隙の無い仕事ぶりだ。

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さて、そのワードローブは、キャリア女性の御用達マックスマーラがお得意とするようなラップコートにタイトスカート、そしてボウタイブラウス。ちなみにボウタイは男性のネクタイを女性的に表徴するがごとくで、キャリアファッションの王道アイテム。しかし、ここでのソレはシースルー素材であり、これを読み解けば、彼女が「女であること」を隠すのではなくあえて主張することが、メリットであり武器になることを知っているタイプ、ということになる。ちなみに、透けて見える背中のブラジャーは、十中八九ラ・ペルラなどの高級ブランドであり、この目配せは同性へのアビールポイントだろう。透けて見えればラッキー、という単純な男性目線ではないのだ。芸細かいね。
そんな彼女も家庭では、ふわふわなモヘアセーター、花柄のエプロン、トラッドなチェック柄のロングポンチョ、プリントのタートルネックと、専業主婦が好みそうなラインナップを着用。リラックス重視&ちょいダサ目のチョイスがリアル家庭の幸福感に直結するところがまた、彼女の良妻賢母を目指す完璧ぶりを表している。

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その一方で、パーティーシーンでの出で立ちは思い切りセクシー路線。肩が露出するワンショルダードレスのお色気をさらに強化し、肩から胸の深い切り込みあり、お腹のちょい見せありのボディコンシャスは、まるで、彫像のごとくであり、古代ギリシャにインスピレーションを受けたマリアノ・フォルチュニーのデザインを彷彿。これって、会社の頂点に輝くワタクシこそが、女神である、ということの視覚アピールなんですかねぇ!
関係ないけど、昔、運輸省が国土交通省に変わったときのセレモニーで、スーツ姿の男性群の中で、ひときわ目立った当時の大臣の扇千景が着ていた豪奢な友禅キモノを思い出した。キャリアの頂点はそれぐらい、ハレの場のファッションに強度を持たせないとダメ、ってことです。

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ちなみに、CEOの不倫を最初に勘づく部下はブラックアメリカンの若い女性だが、彼女の装いが白襟と半袖のパフスリーブのブラックミニドレスという所も細かく上手い。ガーリーという幼さと無邪気さの記号をまとい、しかも、黒人というマイノリティだとしても、もはや、それが足かせにならない実力時代を象徴しているわけで、つまり、主人公の中高年ぶりをこういうスタイリングでも対比させているのだ。
▼キャリア女性のファッションの変遷 1949年の映画「アダム氏とマダム」
さて、映画に出てくるキャリア女性のファッションを歴史順で見てみると、まずは、1949年に公開された「アダム氏とマダム」に注目したい。昨年話題となった日本の法曹界の草分け女性を描いたNHKドラマ「虎に翼」とシンクロするようなアメリカでの女性弁護士をキャサリン・ヘップバーンが演じたスクリューボールコメディだが、男性と対等に実社会で働く女性の代表で証言台に立ったサーカスの怪力女を出したり、ユーモアの中に法の下男女平等を描いてなかなかに面白いのだ。

写真:Album/アフロ
主人公の出で立ちは、1947年に発表されて大ブームになったクリスチャン・ディオールのニュールックライン由来のエレガントなスーツとウエストを強調したフレアースカートにて、戦争で損なわれた「女らしさ」を全開。しかし、特筆すべきは、彼女が普段着として着こなす、V字の切り込みと両肩に黒いアクセントをつけた後ろボタンのプルオーバーなのだ。これ、もはやTシャツの先取りであり、アディダスが今発売しても全く問題ないようなスポーツテイストで、こういう時代を超えた発見がある故に、映画のファッションは面白いのです。
胸元を見せないクルーネックが大半だが、それがひとたび社交の場になると、デコルテ全開の夜会服になる。思えば、ドイツのメルケル首相が趣味のオペラ鑑賞時に同様の着こなしをして、そのグラマラスボディが話題になったが、そういった劇的なオンオフ感覚は、現在に至るまで、欧米のキャリアファッションに引き継がれていている重大ポイントであることを忘れてはならない。
▼1980年代オフィス・コメディの名作「9時から5時まで」
1980年制作の「9時から5時まで」は、ザッツ男尊女卑でふんぞり返る男性上司に女性3人が立ち向かう、オフィス・コメディの名作であり、オープニング映像には出勤に急ぐたくさんの女性たちが映り込む。ジャケットにスカート姿という今に通じる会社用ファッションだが、この時代、パンツ姿はまだ少なく、足下はストッキングにヒールシューズだということに気がつく。

写真:Everett Collection/アフロ
この作品で注目すべきは、上司に仕える秘書役のドリー・パートンの出で立ちだ。長いつけ爪でタイプを打ち、胸の谷間を見せつけ、巨乳を誇示するようなワンピースを着て、上司の目を喜ばせているが、社内改革を同僚3人で密かに実現したあたりから、いわゆる普通のキャリアファッションになっていくところが面白い。そう、未だにキャリアファッションにおいては、セクシーバランス(女を感じさせる要素の注入具合)は大命題。あけすけはNG、しかし、戦略的小技で出すと好感度アップと言う難物なのだ。
▼「セックス・アンド・ザ・シティ」「プラダを着た悪魔」2000年以降、急激に変化する働く女性の有り様とライフスタイル
「セックス・アンド・ザ・シティ」は連続ドラマシリーズの大ヒットから映画化もされたエンタメ女性映画の金字塔で、世界中の女性たちに大いに支持された。この作品を、2000年以降に多数出現しているSNS、インターネット時代を象徴する会社や組織に縛られない自営型キャリアウーマンのファッションという観点で見てもおもしろい。つまり自分が何者なのかを強力に打ち出した自己ブランディングこそが、カネを稼ぐ資本であり、4人の登場人物はそれぞれの社会からの見られ方を両立させたキャリアファッションを着こなす。

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アート・ギャラリーのディーラーであるシャーロットは、上流階級コンサバお嬢様気質そのまんまで、ピンクを多用し、スーツでもフリルなどのガーリー要素を入れてくる。ハーバード大学出身の弁護士、ミランダは、フェミニズム由来の自立感バリバリの女性らしく、テーパードバンツやシャツ姿など、モノセックスアイテムが多い。リゾートなどで見せるエスニックファッションも、アメリカのリベラルエリートあるあるのエコ&多様性センスを発揮。主人公のキャリーはコラムニスト。ニューヨーカーならではの遊び心たっぷりの自由なスタイリング。そして、PR会社社長のサマンサは、経営者らしく肩パッド入りのパワーセットアップスーツを選び、原色同士のバイカラーを着こなし、セクシーなパワーウーマンを表現する、といった具合。
「視覚的なセリフ」として、服にモノを言わせたのは、衣装担当のパトリシア・フィールド。ちなみに、彼女は「プラダを着た悪魔」でも、衣装デザインを担当し、ファッション業界の頂点に君臨する雑誌メディアにおいてのファッションの意味と奥深さを見事に表現した。彼女はセレブやLGBTQなどのファッショニスタが集まるブティックを持ち、「ファッションはアート」を標榜している。とすれば、そのスタイリングは、物語と関係なく、彼女のファッション思想の展覧になるかと思いきや、登場人物のキャラを正しく強化はするという、衣装担当としてのライトスタッフを見せつけてくれるのだ。

写真:Everett Collection/アフロ
近年、急激に変化した働く女性の有り様とライフスタイル。仕事のキャリアはもちろんのこと、伝統的な女性観、恋愛、自己イメージなどで、引き裂かれっぱなしの女性たちの内面の表徴として、どんなスタイルが登場してくるのか、これからも興味は尽きない。
筆者紹介

湯山玲子(ゆやまれいこ)。著述家、プロデューサー、おしゃべりカルチャーモンスター。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(角川文庫)、上野千鶴子との対談集『快楽上等! 3.11以降の生き方』(幻冬舎)。『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に』(角川文庫)等。コメンテーターとしてTBS『新・情報7DAYS ニュースキャスター』等に出演。クラシック音楽の新しい聴き方を提案する<爆クラ>主宰。『交響ラップ クラシックとラップが挑む未知の領域』inサントリーホールなどのプロデュースを手がける。ショップチャンネルのファッションブランド<OJOU>のデザイナーとしても活動中。日大芸術学部文芸学科、東京家政大学造形表現学科講師。