コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第79回

2025年12月25日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数270万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!


香港アニメーションにとって「2025年」は転換点――「ローカル」「伝統」「国際水準」が同じテーブルに並ぶ希有な瞬間を迎えた

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香港アニメーションをずっと追いかけてきた人なら、こんな実感を抱いているのではないでしょうか?

2025年という年がひとつの“転換点”だったと。

それをもっとも象徴するのが、企画・脚本を務めたポリー・ヨン氏による長編アニメーション「世外/Another World」です。

10年――あまりに長く、しかしアニメーションにとっては必要な時間でもある歳月をかけて、ポリー氏は「輪廻」と「怒り」という扱いの難しい主題を、ほぼゼロから積み上げていきました。短編制作から国際ピッチ、そして海外資金の獲得へ──。大資本に寄りかからず、自分たちの手で道を切り開いていく“インディペンデントの王道”とも言えるプロセスを経て完成した本作は、最終的にアヌシー国際アニメーション映画祭に選出され、香港アニメとしては異例の国際的評価を得るに至りました。

香港アニメーションの歴史を振り返ると、「マクダル」シリーズに代表されるように、街角の温度や生活者のユーモアを優しくすくい上げる作品が長いあいだ支持されてきました。その「文化の土壌」を作り続けてきたのが、ほかならぬサミュエル・チョイ氏です。あの“香港らしさ”は、彼の仕事なしには語れません。

そしてもう一人、ハリウッドとアジアを往復しながら「シュレック」や「モンスター・ハント」など、世界基準で作品を成立させてきたラマン・ヒュイ氏が加わることで、香港アニメーションは今、「ローカル」「伝統」「国際水準」が同じテーブルに並ぶ希有な瞬間を迎えています。

日本で言うなら、原風景を紡ぐ作家と、産業のダイナミクスを知り尽くしたクリエイター、そして未来を背負う新鋭が同じ方向を向き始めた──そんな構図です。

東京国際映画祭と併催されるマーケット「TIFFCOM」では、この3人がそろって登壇するという、香港アニメにとって小さくない“事件”が起きました。

では、香港アニメの“過去・現在・未来”がひとつの卓を囲んだとき、いったい何が見えてくるのか。世界のアニメーション市場が激しく揺れている今、彼らはどこに可能性を見ているのか。

今回は東京国際映画祭期間中に、三者それぞれからじっくりとお話を伺いました。


●「輪廻」と「怒り」をどう物語にするか――10年前から始まった「世外/Another World」の企画

――「世外/Another World」は、香港発のアニメーション映画として極めて稀有な成功例となりました。作品の核になった「輪廻」と「怒り」というテーマは、どのような社会的背景や個人的経験から生まれたのでしょうか。また、企画が立ち上がった当時の香港アニメーション界の状況を踏まえて、最初にこの物語を書こうと思った動機を教えてください。

ポリー・ヨン:最初にこの脚本を書き始めたのは、もう10年前くらいになります。当初は「輪廻」というシステムを使って、“怒りをどう手放すか”を描きたいと思っていました。世界が憎しみと怒りで満ちていくのを感じていて、「この感情をどう扱うか」が出発点でした。

執筆の途中で、日本の小説「千年鬼」を読みました。主人公が、自分の物語を支えてくれる存在だと感じ、出版社の徳間書店に連絡して原作の権利を取得しました。企画は当初かなり長い物語で、一度は書き上げていたんですが、実写にしようと考えていた頃、「小鬼」を実写で演じる俳優を想像してもどうもしっくりこない。実写にすると“幽霊映画”に見えてしまう。

そこで「これはアニメにすべきだ」と方向転換しました。

ポリー・ヨン
ポリー・ヨン

●香港カルト映画との出合い――アニメ監督Tommyとの邂逅

ポリー・ヨン:ちょうどその頃、1本の香港のカルト映画を、映画館で観たんです。オープニングとエンディングが本編としてのアニメーションになっていて、それが驚くほどクールで。

「香港にこんなアニメを描く監督がいるのか」と衝撃を受けました。どうしても本人に会いたくて、友人に紹介してもらい、その監督──Tommy に会いました。まだ27歳くらいでしたが、彼は「長編アニメ映画を作りたい」という野心を持っていて、すぐに意気投合しました。

●まずは短編から――政府支援と国際ピッチ、資金調達

ポリー・ヨン:私は独立系映画を長くやってきた経験から、「いきなり長編企画を持ち込んでも資金は集まらない」と分かっていました。そこでTommyに言ったんです。「まず短編を一本作って、あなたの才能と、この物語の魅力を証明しよう」と。香港の「Animation Support Program」に応募して資金を得て、14分の短編版「世外/Another World」を制作しました。

予想以上に多くの映画祭に呼ばれ、受賞も重なり、「市場がある」と確信しました。その短編を“武器”にして資金調達を開始しました。当初から長編化するつもりでしたが、「映画にするか、シリーズにするか」はまだ決めていませんでした。

●アヌシーで得た確信――“未成熟IP”はシリーズにできない

ポリー・ヨン:2019年、アヌシー国際アニメーション映画祭で多くのプロデューサーと議論しました。その中で明確になったのが、「成熟していないIPは、シリーズにできない」という点でした。シリーズは、明確な子ども向けか、あるいはかなりバイオレンスか、どちらかに振り切っているケースが多い。「世外/Another World」はその中間で、シリーズ化には向かない。しかも有名IPでもない。そこで長編映画として作ることに決めました。

香港で全額の資金を集めるのは現実的ではなかったので、最初から海外へ。企画を「アニメ映画」ではなく「映画企画」として売り込み、海外資金を得て、最後の一部だけ香港に戻して仕上げました。

●「世外/Another World」が香港アニメにもたらした影響

――本作は香港アニメ界の印象を大きく変えたと思います。皆さんはどう見ていますか?

サミュエル・チョイ:「世外/Another World」は“香港的”な世界観を持ちながら、多くの人が予想しなかったスケールに到達した作品です。これまで香港では、地域ごとに制約があり、「ここまでしかできない」という線引きが存在しました。でもこの作品はそれを超えて、国際的なフィールドに届いた。正直、本作以前の香港では、この題材のアニメ映画は想像しにくかったと思います。ほとんどのアニメが既存IPベースでしたし。

――脚本に関して、具体的にどの部分が最も難航しましたか?また、テキスト(脚本)と絵(コンテ)を往復させる創作プロセスは、日本アニメでも決して多くない手法です。この方式によって、作品はどのように“深化”していきましたか?

ポリー・ヨン:脚本は14稿書きました。ちなみに「15稿」と呼びたくなかったので、14A~14Eと分けています(笑)。今回いちばん良かったのは、文章を書く→Tommyが絵を描く→それを見て文章を直すという、絶え間ない往復運動でした。絵コンテに入ってからも毎回会議に参加し、「なぜこう書いたのか」を共有しながら修正し、良いコンテができれば、脚本に反映する。チーム全員の“共同作業”で仕上がった感覚があります。

サミュエル・チョイ
サミュエル・チョイ

――日本では香港アニメーションの産業構造があまり知られていません。制作スタジオ、脚本家、アニメーター、CGアーティストなど、現場はどれほどの規模で、どんな課題を抱えているのでしょうか?今の香港アニメ界を、一言で表すならどんな段階にあると考えますか?

サミュエル・チョイ:最近の日本IPの拡大は本当に“狂ったよう”ですよね。ガンダム、ゴジラ……巨大なエコシステムを持っている。それに比べれば香港はまだ経験値が少なく、全員が走り出したばかり。何年かに一作、やっと長編が出る程度で、産業としては未整備です。でもフォーマットの多様化で、これから循環が生まれる可能性があります。

●「マクダル」と「世外」――香港IPの2つの流れ

――サミュエル・チョイさんの「マクダル」シリーズは香港の“国民的キャラクター”と呼べる存在です。日常系ファンタジーとしてのIPと、「世外/Another World」のようにより寓話的で壮大な世界観を持つIP。香港の観客は、この2つの路線をどう受け止めていると思われますか?

サミュエル・チョイ:マクダルは、誰も語らないようなことをあえて純粋に描いてきました。それが長所であり、制約でもある。一方、進めている別IPは、「世外」に似ています。世界観を構築し、人類共通の経験──「どうサバイブし、より良い自分になっていくか」を描く。

世界が砂漠化した世界で、清掃員が“渠渠水(ドブ川)”を掃除して水を流し、人々が新たな場所へ向かえるようにする……多くの人が直面する問題に重なります。

――「世外/Another World」は香港公開時、観客層の広がりやSNSでの反響が注目されました。皆さんの実感として、作品が香港の若い観客やクリエイターに与えた“変化”は何ですか?「これが香港アニメだ」という認識に変化はありましたか?

ラマン・ヒュイ:素晴らしいことです。香港のチームが長編アニメを完成させた。たくさんの困難を乗り越えて“収穫の日”を迎えた。これはアニメのみならず、すべてのクリエイターへの励ましだと思います。大切なのは「自分に嘘をつかない」こと。観客は誠意を必ず感じ取ります。

ラマン・ヒュイ
ラマン・ヒュイ

――ラマン・ヒュイさんは「シュレック」「モンスター・ハント」という“世界で通用する物語”を手がけています。グローバル市場において“普遍性”とは何だと思いますか?国や文化を超えて観客の心を動かす物語に共通する要素はありますか?

ラマン・ヒュイ:結局のところ、自分が心から動かされるかどうかです。何も感じないものでは観客とつながれない。「シュレック」も「モンスター・ハント」も、「受け入れられないかもしれない」という不安が常にありました。

それでも、一部の人が愛してくれれば十分なんです。アニメ制作はずっと続けられる保証がない。だからこそ“一作一作を全力で”作り、次につなげるしかありません。

●日本アニメの「歴史的な年」――アジアからのIP拡大

――「鬼滅の刃」「チェンソーマン」の世界的成功は、日本のアニメーションIPに大きな影響を与えたと思います。この数年の日本アニメの拡張をどう見ていますか?また、その成功は香港アニメにどんな“示唆”を与えましたか?

ラマン・ヒュイ:本当にすごいですよね。

ポリー・ヨン:今日、グローバル配給の責任者とも話したのですが――世界では「買い付けを決めるのは年配」「観るのは若い」というギャップがあります。「鬼滅の刃」の成功は、年配層の“意思決定者”に、「若い観客の好みを無視してはいけない」と納得させたこと。“映画館に何が並ぶか”を変える重要な出来事です。

ポリー・ヨン:配信はIPの拡散に非常に有効です。広告費がなくても、コミュニティが勝手に形成される。

――ファンも観客もクリエイターも、同じ空間にいますよね。

ラマン・ヒュイ:その通り。不満もストレートに届くけど、愛情もストレートに届く。大事なのは「本物であること」。偽物も多いが、本当に良いものは守ろうとする人が現れる。健全な環境であれば今の状況はとても良い。

●これから挑戦したいこと

――最後に、今後挑戦したいテーマやジャンルを教えてください。香港アニメが次に踏むべきステップはどこにあると考えますか?そして、皆さん自身が次に“世界へ投げたい物語”とはどんなものですか?

ポリー・ヨン:私にとっての挑戦は題材ではなく、「次の作品をどう立ち上げるか」です(笑)。毎作がチャレンジ。

サミュエル・チョイ:私たちはマクダルを題材にした大規模プロジェクトを進めています。

ラマン・ヒュイ:映画の裏側では、企画が立ち上がらなかったり、脚本が2年かかって止まったりする。そんなことは日常茶飯事です。だからこそ、「ただ続けていければそれでいい」という気持ちです。観客が嫌いにならない限り、もう少し作り続けたいです。

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年から中国のポータルサイトSINA、映画専門誌「看電影」、映画専門Web媒体DeepFocusなどで、日本映画の批評と産業分析を続々発表。2016年から、北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」などを不定期発表。中国最大のSNS、微博(ウェイボー)のフォロワー数は約270万人。WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサー。2020年から上海国際映画祭・プログラマーに就任、日本映画の選考を担当。2024年「現代中国映画祭」を企画・設立。

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