コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第94回
2021年6月4日更新
第94回:SNS 少女たちの10日間
今まで観たこともないようなハードなドキュメンタリーである。タイトルから「思春期の揺れ動くこころを描いたピュアな物語?」とか誤解して、間違えても楽しいデートで観にいったりしてはいけない。
設定はシンプルだ。童顔のおとなの女優3人が、12歳の少女に扮する。スタジオにリアルにつくりこまれた子ども部屋3つを用意し、SNSに偽のアカウントを開設し、友達を募集する。それに釣られてやってくる男たちを観察するのだ。
のっけから、恐ろしいシーンが延々と続く。やってきた男たちは偽少女たちとスカイプ通話をはじめると、いきなり自慰をはじめたり、「服を脱いで」と要求したりする。顔や局部はもちろんボカシで隠されているが、口元と目だけは見えるため、彼らのなんともいえない気色悪い表情がわかってしまう。
日ごろ性暴力に触れる機会のないわたしのような中年男性には、ひとつの大きな気づきがあった。それは物理的に接触しなくても、SNSのテキストや画像だけでも、大量の「ワイセツな性欲」を見せつけられると、心理的にものすごくキツイということだ。ツイッターでは罵声や誹謗中傷が日常的で、わたしのところにもそういう嫌なリプライがたくさん押し寄せてくることがあるが、あれをさらに数倍増幅した感じというか……。くわえて、ツイッターの中傷には悪意が介在していることが明白だが、少女たちに対する性的メッセージには悪意はない。悪意はなくて、ただひたすら性欲があるだけである。それがかえってキツイというか、異様な不快感がある。
男たちの言動を見ていると、ひとつの発見もあった。彼らは少女たちに寄り添うのがたいへん上手だということである。自分だけが理解者であるように優しく接し、パターナリズム的に上から目線で偉そうに話すのではなく、趣味やペット、ファッションの話などで少女たちにうまく話を合わせていく。不安定な思春期の少女が自分を信頼するように巧みに仕向けているのだ。この巧みさにも、何とも言えない不快感を感じる。
そして男たちだけでなく、この映画を制作したスタッフの側もかなり男たちを挑発していて、そこにも不快さがある。だって少女に扮した女優たちの顔を別人のヌード写真と合成したコラージュをつくって、それで男たちを釣り上げるんだよ……。
どんなに犯罪的志向を持つ者であっても、行動に出ない限りにおいては、人間には誰しも内心の自由はある。その「内面」を釣り上げようとするオトリ捜査的な手法は、さすがに踏み込みすぎではないかと思った。不快である。
そういうどこもかしこも不快な作品なのだが、あまりもの衝撃にまばたきもできないぐらいの集中度で、最後まで見入ってしまう。本作にはそういう強烈な魅力がある。観たら嫌な気持ちになるのは請け合いだが、同時に麻薬のようにおもしろい作品であることは太鼓判を押せる。
そして最後に付け加えておくが、こういう性暴力の実態をベールで覆うことなく、どぎついまでに明るみに出したことの社会的意味はやはり大きいと思う。
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【本作はシネマ映画.comで配信中です!】
2020年/チェコ
監督:バーラ・ハルポバー、ビート・クルサーク
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筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao