コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第69回
2019年2月14日更新
第69回:盆唄
ドキュメンタリーであり、舞台は原発事故のあとの福島県双葉町であり、テーマは伝統芸能をどう保存していくか。この要素だけを並べると、「なんだか重苦しそうな映画だなあ」と腰が引けてしまう人は少なくないだろう。私もそう感じたが、しかし本作の監督は「ナビィの恋」「ホテル・ハイビスカス」の中江裕司である。まさか予想通りのステレオタイプな映画は作らないだろうと、一縷の望みを抱いて鑑賞してみた。
そして観終わった感想は──。「まさか、このテーマでこんな素晴らしい音楽映画が可能になるなんて!」
昨年から今年にかけては音楽映画が豊作で目白押しだ。昨年の「アリー スター誕生」から「ボヘミアン・ラプソディ」、それに日本でようやく公開となった「ノーザン・ソウル」、ドキュメンタリー分野では、「ホイットニー オールウェイズ・ラヴ・ユー」「私は、マリア・カラス」。本作は、その大豊作の日々の真打ちとしてやってきた。
本作の中心的な登場人物は、帰還困難区域になった双葉町に帰れないまま他の土地で避難生活を続ける横山久勝さんとその仲間たちである。彼らが、双葉町の伝統的な盆踊り「双葉盆唄」を存続させようとする話が軸になっている。この横山さんと仲間たちの笑顔やたたずまいが、何とも言えず素晴らしい。単純な悲劇として描くのではなく、かといって非現実的な希望を語るのでもなく、ただ彼らの日常を追い、そこからこぼれ出てくる素敵な表情をカメラが捉えていく。
そこには撮影クルーがどう対象者と接するのかという、とても根源的なドキュメンタリーの問いがあり、そして本作はその問いに対して見事に応えている。ステレオタイプな絶望や希望ではなく、日常の延長線上に悲しみや喜びがあり、それらは生活と同居しているのだということを、見事に浮かび上がらせているのだ。
そして物語は、転がりだす。ハワイで福島からの日系移民たちによって伝えられている「フクシマオンド」と出会い、その歴史が映像や音楽とともに色鮮やかに描かれ、映画の地平線がぱあっと一気に広がっていく。ハワイの物語は、いつしか江戸時代にあったという北陸から福島への移民の物語へと接続し、その昔話はやわらかで朴訥としたアニメとして描かれ、観客がまったく予想していない方向へと映画の空間は広がり、観る側はただ呆然と遠くへと運ばれていく。
そして最後に物語はふたたび、福島へと戻ってくる。そこで演奏され、踊られる双葉盆唄は、映画の冒頭で聴いたそれとはまったく異なる響きに変わっている。時空を超えてはるか遠くまで行って戻ってきたからこそ、盆唄の演奏がとてもとても心に響くのだ。
こんなふうに盆踊りの演奏を聴いたことなんて、今までなかった。これを追体験するためだけにも、本作をぜひ観てほしいと思う。
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao