コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第64回
2018年9月5日更新
第64回:顔たち、ところどころ
87歳になる女性映画監督と、33歳の男性現代アーティスト。この2人がフランスのあちこちをめぐりながら、人々の顔写真を撮影し大きく引き伸ばして壁に貼り出すプロジェクトを続けていく。本作は、ただその様子をひたすら描いていく映画だ。
こうして内容の紹介を短く書いてしまうと、「なんだか単調でつまらなそう」と思う人は少なくないだろう。私も正直なところ、映画を観るまではそう思っていて、あまり期待していなかった。たいていのつまらないドキュメンタリーは、事実を淡々と客観的に描くことに執心しすぎている。過剰にドラマチックを追い求めれば現実から乖離してしまうが、一方で物語性を否定しすぎると観客の心には刺さらない。だから「良きドキュメンタリ」は、現実と物語の絶妙なバランスの上に成り立つ。
その視点から観ると、本作はどうか。ナレーションは存在しないので、いったいどのような話が映画の中で進行しているのかというストーリーは、いっさい説明されない。つまり物語は語られない。そもそも、起承転結のようなドラマチックな展開さえない。ただひたすら2人がフランスの田舎を旅しているだけのロードムービーだ。ここまで説明しても、やっぱり「面白くなさそう」と見えるだろう。
しかし、である。なのに、本作は絶妙に面白く、笑えて、そして泣けてくる映画なのだ。そういう意味において、奇跡のようなドキュメンタリである。
本作が超絶面白いのには、いくつか要素がある。まず第一に、2人がともに飄々としていて愛らしくて、キャラクターが立ちまくっていること。第二に、2人の会話が、まるで品のいいお笑いコンビの漫才を観ているようなキャッチボールを繰り広げていること。
第三に、演出の絶妙さ。短いカットを多用し、テンポよくぐいぐいと場面は進行していく。そして最後に、アーティストであるJRの作品のインパクト。地元のおばちゃんの巨大な顔写真がフランスの古い建物の壁一面に貼られ、その下のドアから当のおばちゃんがのそっと出てくるところなど、思わず笑みがこぼれてしまう。
1時間29分の長さはまったく感じない。それどころか、終盤には映画が終わるのが惜しい感じさえしてくる。この2人と、ずっと一緒に旅していたくなる。ドラマを追うのではなく、ただ二人のいる空間を一緒に楽しみたい。そう感じさせる作品なのだ。
■「顔たち、ところどころ」
2017年/フランス
監督:アニエス・バルダ、JR
9月15日からシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao