コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第44回
2016年12月16日更新
第44回:TOMORROW パーマネントライフを探して
クエンティン・タランティーノの映画「イングロリアス・バスターズ」にも出ていたフランス人女優のメラニー・ロラン。彼女がシリル・ディオンというジャーナリストと組んで世界をめぐり、農業・エネルギー・経済・民主主義・教育という5つの分野で取り組みをしている人たちを紹介していくという趣向になっている。
それぞれの事例はとても面白い。たとえば自動車産業が衰退して廃墟のようになった米デトロイトでは、スーパーマーケットが撤退して新鮮な食材が手に入らなくなった。住民たちは自給自足の菜園をつくり、野菜を育てて食べている。2013年以降、20万人が野菜をつくっているというから驚く。まるでディストピアの未来を描いたSF映画の一シーンを見ているような不思議な光景だ。
英マンチェスターの郊外にあるトッドモーデンという街では、道路や公園など公共の場にみんなで花壇をつくり、野菜も植えて、誰でも自由に収穫できるしくみをつくっている。すでに市内で食べられている野菜のうち8割以上が、この自給自足農園から収穫されているという。いたるところにミニ農園があれば、世話をしたり収穫する時に近所の人たちとの語り合いも生まれるだろうから、日本の街でもやってみるとちょっと楽しそうだなと思った。
スイスにあるヴィール銀行は、1920年代の世界恐慌をきっかけに創立された銀行だ。使える範囲が限られた地域通貨をつくって、無利子で相互に貸し借りできるシステムを提供している。いまでもスイスの中小企業の多くがこの地域通貨を利用しているという。日本の伝統的な「講」に近い感じがするが、政府の金融システムがうまく動かない時には、こういう小規模なお金のやりとりは有効性を持つのだろう。
こうしたエピソードの数々は非常に興味深いが、しかしそれらエピソードを通してロランとディオンが投げ掛けてくるストーリーには、若干の異議がある。
彼らは「今のライフスタイルを人類が維持し続ければ、やがて人類は滅亡する」という。たしかに大量生産と大量消費のシステムには、持続性はない。だから成長を目指さない、穏やかな世界に作りかえるのだ、というメッセージはわかりやすい。
しかし地球温暖化をめぐる国際社会の議論を見てもわかる通り、そうした主張は新興国にはどう映るだろうか? グローバリゼーションによる急速な経済成長によってそれらの国は豊かになり、生活を楽しめる中流層を生みだした。続く途上国も、そうした発展を目指している。もちろん成長には環境問題や格差の拡大といった副作用はつきものだが、だからといって副作用を煽りすぎて成長を止めようとする論は、途上国の人にとってはありがたくないだろう。
「世界を滅亡から救え」「子どもたちに未来を」というようなメッセージは人々の支持を得やすいが、どうじに「わかりやすさの陥穽」をはらんでいる。本作の中で、経済学者がこう話す。「経済を維持するには金を借りつづけなければならない。それが今のシステムだ」。これに対してディオンは「馬鹿げてる」と笑う。たしかに馬鹿げているように見えるが、マネーの総量を増やしてでも成長を維持する戦略を立てなければ、多くの人に富は行き渡らず、貧窮する人が増えていく。単純に「金が悪い」と指弾すれば済むわけではない。
世界の成り立ちは単純ではない。ややこしい。だから人は理解しようとするときに、どうしてもわかりやすく、わかりやすくと流れてしまう。でもそれでは問題を解決しない。本作も、ともすれば単純な市民感情へと流れたがる。そしてこんなことばをつむぐ「私たちは操り人形のようだが、知覚を持った人形だと信じている。自分を操る糸に気づくことができるはずだ。その気づきこそが、自由へと続く道の初めの一歩になる」
そういう「私たちは操られている」という囚われの発想を乗り越えてこそ、本当の未来があるはずなのだ。
■「TOMORROW パーマネントライフを探して」
2015年/フランス
監督:シリル・ディオン、メラニー・ロラン
12月23日からシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao