コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第150回

2025年12月23日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime
パリでの取材に応じた河合優実
パリでの取材に応じた河合優実

今月は、フランスにおける日本映画の祭典の草分けで、今年20周年(コロナで1年見送ったため実質的には19回目)を迎えたキノタヨ映画祭をリポートしたい。

パリの日本文化会館をメインに開催される本映画祭は、毎年着実にファンを増やしている印象だ。コンペティションに計7本<「愚か者の身分」「まる」「悪い夏」「拝啓アシタ」「Diamond in the Sand」「沼影市民プール」「光る川」>、アウト・オブ・コンペティションにはフランスで公開前のプレミア上映となった「レンタル・ファミリー」「国宝」「果てしなきスカーレット」、さらに「侍タイムスリッパー」などが上映されたが、ソールドアウトになったものもある上、どの回もほぼ8割は埋まる盛況ぶりだった。

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映画祭自体も規模を増し、今年は新たに、映画を学ぶ学生たちによって選ばれる学生審査員賞、日本とフランスの映画界をつなぐ象徴的な存在である岸惠子の名前を冠した岸惠子賞、新鋭才能賞が追加された。

観客賞を射止めたのは、永田琴監督の「愚か者の身分」。西尾潤の原作に惚れ込んだ永田監督による重量級のヴァイオレントな作品だが、闇堕ちした若者たちの姿から浮かび上がる社会的テーマとともに、孤独な若者同士の友情が観客の心を揺さぶったようだ。日本から訪れたキャストのひとり、林裕太と舞台に上がった永田監督は、「この映画を作り始めたとき、いまの日本の社会問題を世界の人に知ってもらいたいという思いがあったので、たくさんのお客さまに観て頂き、また質疑応答によってみなさんがどう感じていらっしゃるかも知ることができて、本当に感謝しています」と挨拶。林は「この映画の歌舞伎町の文化や戸籍売買は日本独特のものだと思うので、パリの方にどう伝わるのか不安だったのですが、こうして賞を頂くのは映画のことを理解して愛してくださったということだと思うので、とても嬉しく感じています」と感激した面持ちで語った。

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審査員が選ぶグランプリは、「丁寧に作られ洗練された演出を見せた」カスパー・アストラップ・シュレーダー監督のドキュメンタリー「拝啓アシタ」へ、審査員賞は「美しい映像と詩情」が評価された金子雅和監督の「光る川」が受賞。学生審査員賞は、太田信吾監督のドキュメンタリー「沼影市民プール」にわたった。

記念すべき第1回岸惠子賞を受賞したのは、「Plan 75」「ルノワール」と2作続けてフランスとの合作を制作した早川千絵監督だ。早川監督は、「ここに来る前に岸惠子さんが主演された『忘れえぬ慕情(Typhon sur Nagasaki)』(1956/ 監督はその後岸惠子と結婚したイブ・シャンピ)を観てきたのですが、あの時代に日本とフランスの合作が作られていたことに大変驚きました。両国が映画を通じて深く繋がっていることにあらためて気づき、その架け橋となった岸惠子さんの名前を冠したこのような賞を頂けることは本当に光栄です」と語った。

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新鋭才能賞は、「悪い夏」で鮮烈な印象をスクリーンに刻んだ河合優実に授与された。じつは本映画祭で彼女の出演作が上映されたのは通算4本目。昨年は入江悠監督の「あんのこと」が上映され、観客賞を受賞している。キノタヨの選考スタッフからは、「彼女が出演していると、作品の質が保証されます」と紹介されたほど。また受賞を記念し、「ナミビアの砂漠」も上映され、その際には河合とともに山中瑶子監督も登壇して、熱心な観客との質疑応答をおこなった。

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授賞式で河合は、「ありがとうございます。今年この賞を作るときに、わたしからアイディアを得たという、とても光栄なお話をスタッフの方から聞きました。上映のときも温かいご紹介を頂き、キノタヨ映画祭に来ることができて本当によかったと思いました。フランスのみなさんが、わたしが想像もしていなかった過去の作品を観ていて下さったりして、とても励みになりましたし、心から嬉しく思っているので、これからも精一杯頑張っていきたいと思います」と喜びを表した。

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上映の合間を縫って映画.comの取材を受けた河合に、海外映画祭での経験について尋ねると、「海外のお客さまの声を直接聞けるのはとても嬉しいです。過去の作品も観たよ、と言って下さる方もいて、作っているときは遠い国の観客を想定しづらいので、『東京という自分たちの街で撮っていた作品を海外の人が観てくれているんだ』と気づけて。『ナミビアの砂漠』を観た若い女の子が、『あなたみたいに演技したい』と伝えてくれたこともありました(笑)。それだけにできるだけ面白いものを作りたいと思いますし、励みになるのと同時に、ちょっとひやっとして戒めになったりもします。『近い価値観の人たちしか見えていなかった』というような。世界に向けた作品で世界に向けた演技をしているわけではないですが、自信があろうがなかろうが世界に届いているのだと知り、地平線が広がる感覚があります」と明かした。

また今後の目標については、「視野の広い作品をやっていきたいです。さまざまな国の映画にも出てみたいですし、将来的に海外に進出しますということではなく、いろいろと選べる状況にいたいなと思います」と語った。

今回キノタヨを俯瞰して、個性的な若手監督が女性も含めてどんどん進出していること、また若手俳優陣もしなやかに国境を越え現地の観客と交流している姿に、日本映画の新時代と言えるようなエネルギーを感じた。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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