コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第121回

2023年7月27日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime

ジェーン・バーキン死去 次女シャルロット・ゲンズブール、三女ルー・ドワイヨンら出席の葬儀が生中継

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革命記念日が過ぎてフランスがバカンス・モードになった7月16日の朝、ジェーン・バーキンが亡くなったという悲報が届いた。一昨年からすでにコンサートを延期していた彼女が最後に公共の場に姿を見せたのは、今年2月のセザール賞の授賞式で、シャルロット・ゲンズブールが監督したドキュメンタリー、「ジェーンとシャルロット」がベスト・ドキュメンタリーにノミネートされた折だった。日本では本作が8月4日に公開になる。なんと奇遇なタイミングだろう。

パリ1区の教会で行われた葬儀は、車両を通行止めにしてファンのために用意された戸外のスクリーンの前を人が埋め尽くし、テレビでも生中継されるなど、彼女の人気を物語っていた。おそらくフランスで最も愛されたイギリス人と言えるのではないだろうか。

葬儀の出席者は、弔辞を読み上げたカトリーヌ・ドヌーヴ、仏大統領夫人ブリジット・マクロン、文化大臣のリマ・アブドゥル=マラック、さらにバーキンの最後のアルバムを作曲、プロデュースしたエティエンヌ・ダオー、ヴァネッサ・パラディ、バンジャマン・ビオレイ、キャロル・ブーケエマニュエル・ベアールキアラ・マストロヤンニなど、さまざまなアーティストの顔があった。

棺の一端を担いだ次女のシャルロット・ゲンズブールと三女のルー・ドワイヨンはそれぞれ、「あなたが去った虚しさをすでに感じている。わたしの母、わたしたちの母」(シャルロット)、「あなたが与えてくれたすべてのことに感謝します。普通とはかけ離れ、分別くさくない存在でいてくれてありがとう」(ルー)と言葉を捧げた。

また葬儀に出席できなかったマクロン大統領はツイッターで、「自由を象徴し、我々の国のもっとも美しい言葉で歌ったジェーン・バーキンは、フランスのアイコン。正真のアーティストです」と追悼の言葉を表した。

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ジェーン・バーキンといえばまず、セルジュ・ゲンズブールとのコラボレーションが浮かぶ。スウィンギング・ロンドンの60年代にモデルから女優に転身した後、1968年にフランスに渡り、「スローガン」(1969)で出会ったセルジュ・ゲンズブールと恋仲に。以来彼の作曲した扇情的な歌でセンセーションを巻き起こす。とくに「ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ」の歌と映画は、そのエロティックな内容からスキャンダルとなった。12年続いたゲンズブールとの生活で、次女シャルロットをもうける。この時期は開けっぴろげなふたりのライフスタイルゆえにしょっちゅうマスコミに登場し、そのファッショナブルなセンスも相まって70年代カルチャーを牽引するカップルとなった。

だが、ゲンズブールと別れ、1980年、「放蕩娘」でジャック・ドワイヨン監督と出会った頃から女優業にも力を入れ始める。私生活でもパートナーとなったドワイヨンによる「ラ・ピラート」(1984)は批評家に高く評価され、アーティストとしてイメージの転換に成功する。

その後ジャック・リヴェットの「地に堕ちた愛」(1984)、「美しき諍い女」(1991)、J・L・ゴダールの「右側に気をつけろ」(1987)、アラン・レネの「恋するシャンソン」(1997)など、作家色の濃い作品にも積極的に出演。「カンフー・マスター!」「アニエスv.によるジェーンb.」(1988)、「百一夜」(1995)のアニエス・ヴァルダとは、家族ぐるみの付き合いをしていた。

ゲンズブール亡き後もチリー・ゴンザレスやエティエンヌ・ダオーとアルバムを作り、ツアーを続けるなど、生涯歌手としての活動も怠ることがなかった。後年はとくに難民問題、LGBTQ支援、エコロジーなど、さまざまな社会活動もおこない、多くの人の尊敬を得ていた。

だが、2013年に長女のケイト・バリーを突然失ったことに(窓から転落死。自死とも言われている)大きなショックを受けて体調を崩し、その後脳卒中に見舞われた。子供たちの声明によれば最後は自然死による安らかなものだったという。

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ドラマチックな生涯を生き、付き合う男性によっても異なる才能を開花させていった彼女だが、世代を超えて愛され続けた理由はその飾らない人となりだったと思う。シャルロットは、「マスコミに見せる顔と彼女自身は同じ」とかつて語っていたが、何度か取材をさせてもらったわたしの印象も、とても誠実で寛大な人というものだった。彼女がサン・ジェルマンに住んでいた時代に自宅を訪れる機会に恵まれたのだが、壁は額縁で埋まり、ものがあふれていて、「すべてに思い出があるから捨てられない性分なの」と、笑って語っていたのを思い出す。自身で監督した自伝的な映画「Boxes」には、そんな彼女の一面が色濃く表れている。

「ジャバネーズ」の音楽が流れるなか、棺が運ばれていくときには、通りを埋めた人々のなかから自然に拍手が沸き起こった。時代を刻んだアイコンの喪失を、ひしひしと感じさせられた。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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