コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第53回
2004年5月7日更新
つくづく旅行に向いていない体だと思う。
ビザの更新で一時帰国したらいつものように時差ぼけに悩まされて、一週間くらいかけてやっと調整が出来たと思ったら、取材のため、急遽ロサンゼルスに戻ることになった。日本からの時差のほうがずっと激しくて、夜、メラトニンやら睡眠薬やらを飲んでも一時的な睡眠しかできない。うちのアパートでは早朝にスプリンクラーが作動して、並木や芝生に放水を始めるのだけれど、そのシャッシャッシャッという放水音を聞く頃になって、ようやく眠気がやってくる感じだ。取材さえなければ、昼夜逆転の生活を無理して直そうとする必要もなかったのだけれど、ロサンゼルスに戻ってから数日後には、サンフランシスコに飛ばなくてはいけなかった。「ヴァン・ヘルシング」という大作映画でのILM取材である。
前の晩にサンフランシスコ入りしたものの、やはり熟睡できず、かといって、原稿を書くほどの元気も集中力もない。結局、ホテルのベッドに寝そべったまま、ヒストリー・チャンネルをだらだらと観ているうちに、朝を迎えてしまった。
朝の8時半にホテルを出発した。ILMまでの道のりは40分ほどで、到着する頃には、軽い車酔いになっていた。そう、ぼくは乗り物酔いまでするのである。たとえば、空いている高速道路の運転ではぜんぜん平気なのだけれど、急停車・急発進を繰り返す都心のタクシーや、外の景色がスモークガラスで見えないバスなどでは、かなりの確率で酔う。さらに、きつい香水や脂っこい食べ物の臭い、たばこの煙などが加われば、即死である。自分でもうんざりするぐらいデリケートな体なのだけれど、幸い、ILMまでのドライブは比較的スムーズだったために、車酔いも軽かった。到着してからほんの数十分ほどで復活できた。
「ヴァン・ヘルシング」は、ILM史上最大のデータ量(11テラバイトだとか)になったVFX大作で、VFXスーパーバイザーのスコット・スクワイアさんや、クリーチャーのデザインを手がけた人など、計4名のインタビューと写真撮影を行った。ILM訪問は2度目でスタッフの人とも顔なじみになっていたので、なかなか楽しい取材となった。
しかし、悪夢はそのあとにやってきた。荷物をまとめて外に出ると、ILMの前には、なぜかリムジンが用意されていた。黒塗りの、よくセレブが乗っているやつである。ゴージャス気分を体験させようという配給会社さんの粋な計らいだったらしいのだが、スタッフや記者など計10名が1台のリムジンに乗り込むと、ゴージャスどころか、満員電車である。なんとか全員座れたものの、ぼくの座席は進行方向に対して横向きで、まさに通勤電車気分だ。しかも視界がバーカウンターで遮られている。消臭剤のケミカルな臭いが充満する室内で、ぼくはひたすら耐えていた。
次のページへ>>
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi