コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第370回
2025年12月19日更新

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
「アバター」の撮影現場でキャメロン監督が見せたかったもの

(C)2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
「アバター」シリーズは徹底した管理体制のもとで作られている。なにしろ、これまで公開された2作品はいずれも世界興行収入で歴代トップ3に入り、1作目は28億ドル超で歴代1位、続編「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」も23億ドル超で歴代3位という、映画史に残る大ヒットシリーズだ。
そもそも続編準備がスタートしたのが2012年。翌2013年に脚本家チームが結成され、続編3作品の脚本を完成させた。2017年に第2弾「アバター ウェイ・オブ・ウォーター」と第3弾「アバター ファイヤー・アンド・アッシュ」(日本公開:2025年12月19日)のパフォーマンス・キャプチャーと呼ばれる撮影が始まった。その後、気の遠くなるような時間を経てVFXが完成したわけだが、いまはまだ中間地点の第3弾だ。この長大なプロジェクトは、2031年公開予定の「アバター5」まで続く。

(C)2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
もはや映画というより、ダムや高層ビルのようなインフラ事業に近い。ジェームズ・キャメロン監督の健康維持すらリスク管理の対象だ(本人もそれを意識してか、菜食主義者になっている)。そして、途中で情報が漏洩してしまったら、すべてが台無しになる。
だから、記者としてその現場を目にすることはおそらくないと思っていた。
だが、その機会は突如訪れた。パフォーマンス・キャプチャーが行われているライトストーム・エンタテイメントで、米俳優組合(SAG)所属会員のためのデモンストレーションが開催されるという。どさくさに紛れるような形で、参加させてもらえることになった。

(C)2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.
パフォーマンス・キャプチャーとは、俳優の演技をデジタルキャラクターに変換する技術だ。本来はモーション・キャプチャーと呼ばれていたが、単なる動作ではなく演技そのものを捉えるという理念から、映画業界ではパフォーマンス・キャプチャーと呼ばれている。
仕組みは単純だ。俳優がマーカーのついたスーツを着て演技すると、スタジオ内に張り巡らされたセンサーがその動きを追跡し、データとしてコンピューターに取り込まれる。表情に関しては、頭部に装着された二つの小型カメラで記録される。
こうして収集された「パフォーマンス」のデータが、CGキャラクターの土台となる。アニメーターが一から作り上げるのではなく、役者の演技を下敷きにしている点が、従来のアニメーションとの最大の違いだ。ただし、撮影後にアニメーターによる膨大な調整作業や高精度なレンダリングを経なければ、あの美しい映像は完成しない。

(C)2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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ロサンゼルス空港からも近いマンハッタン・ビーチにあるライトストームに到着すると、心臓部に案内された。棚を取り払った広大な倉庫のような無機質な空間が広がっている。スロープや金網やマットレスが無造作に配置され、どれも灰色に統一されている。端にはNASAの司令室のようにコンピューターが並び、それぞれに頭の良さそうなスタッフが作業に当たっているが、セットらしきものは見当たらない。
しかし、よく見ると、壁や天井にはセンサーが等間隔で取り付けられている。ここは倉庫なんかじゃない。立派な「ボリューム」――パフォーマンス・キャプチャーにおいて、俳優の動きを追跡するために周囲にセンサーが配置された3次元空間――だ。
まもなく、悪役クオリッチを演じるスティーブン・ラングと、新悪役ヴァランのウーナ・チャップリンを引き連れて、ジェームズ・キャメロン監督が現れた。
歓迎の言葉もそこそこに、撮影を実演してくれるという。実は、最新作「アバター ファイヤー・アンド・アッシュ」の撮影は2017年から19年までに行われているので、終わっている。だが、この日のために追加シーンの脚本を書いてきたという。「かなり満足している」という彼は、いきなり「撮影」に入った。
キャメロン監督はまず、チャップリンとラングと脚本について話し合う。二人のアイデアを聞き、実演させる。それを見て、立ち位置を決めたり、動きを調整していく。
実に奇妙な光景だ。広大な空間で、黒いウェットスーツを着た俳優二人と監督が話し合っているだけ。映画の現場とはとても思えない。

(C)2024 20th Century Studios. All Rights Reserved.

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演技プランが固まると、キャメロン監督はバーチャルカメラでラフな映像を確認する。そして、「アクション」の声がかかる。演技の様子は報道用のビデオカメラで記録されているが、本当に重要なのは、周囲に張り巡らされたセンサーが読み取るデータだ。
テイクが終わるたびに、キャメロン監督は細かく調整を加えていく。彼が口にするのは、演技についてだけだ。より説得力のある、リアルな演技を引き出すために、そこだけに集中している。俳優とのやりとりを心から楽しんでいるのが伝わってくる。
実際、通常の実写映画において、監督が演技指導のみに集中することは不可能だ。毎日、天候から騒音、機材にいたるまでさまざまなトラブルに対応しながらスケジュールをこなさなくてはいけない。とりわけ時間がかかるのは、照明やカメラのセットアップ、そしてヘアメイクと衣装だ。
だが、パフォーマンス・キャプチャーの環境では、そうした心配は無用だ。俳優の外見はCGで作られるため、ヘアメイクも衣装も不要。照明やカメラアングルも、後からバーチャル空間で自由に設定できる。通常の撮影では、ひとつのシーンを複数のアングルから撮り直すのが常だが、ここでは一度良い演技を記録すれば、後からあらゆる角度のショットを生成できる。
だから、キャメロン監督は俳優との共同作業だけに集中できる。後で聞いた話では、第2作と第3作のパフォーマンス・キャプチャーには18カ月を費やしたという。つまり、一年半もの間、毎日のように俳優たちと対話を重ね、最適な演技を模索し続けたことになる。

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この日披露されたのは、クオリッチとヴァランの怪しげな関係をさらに深める場面だった。キャメロン監督と二人の俳優が即興的にやりとりしながら、シーンが立体的に膨らんでいく様子は、舞台稽古を思わせた。ただし、舞台と違って観客を意識する必要はない。技術的な制約も、視覚的な装飾も何もかも取り払った、もっともピュアな形での演技だ。完成したシーンを想像すると、本編に入っていてもおかしくないクオリティだった。VFXが加わったものをぜひ見たいと思った。
この光景を目の当たりにして、キャメロン監督がわざわざぼくらを招待した理由がわかった。「アバター」というと、その圧倒的な映像ばかりが注目される。しかも、生成AIが氾濫しているいまでは、同類に思われる可能性すらある。

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でも、その背後には俳優の努力がある。それを少しでも知ってほしい。だからこそ、俳優組合の会員たちを招いたのだ。
どれほど技術が進化しようとも、人間のアナログな営みこそが、観客の心を動かす源泉であるとキャメロン監督は信じている。ぼくも同感だ。だからこそ、この特別な現場を見せてもらえたことに感謝している。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi






