コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第280回
2016年12月8日更新
第280回:「モアナと伝説の海」成功の裏に「アナ雪」あり!ジョン・ラセターが語るディズニーアニメの再興
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの新作「モアナと伝説の海」を見た。いつものお姫様ミュージカル映画だと思っていたら、アクション満載の海洋アドベンチャーに仕上がっていて驚いた。前作「ズートピア」のときもそうだったけれど、ストーリーの完成度が高いのは当たり前で、そこに野心的な要素をあれこれ詰めこむことができるのが、今のこのアニメ工房の強みだと思う。これまでは欧米のおとぎ話を題材にしていたのに、本作ではいきなりポリネシアの伝説をもとにしているし、歴史や文化、音楽、キャスティングに至るまで最大限の敬意が払われている。また、ヒロインは自分の島を救うために冒険に出る勇敢な女性で、男に依存しない(マウイという大男の助けを借りるが、彼は半神で人間ではない)。体つきも従来のバービー体型じゃなくて、とても現実的。慣習や周囲の反対に逆らってでも、内なる声に従って行動する彼女は、子供たちのロールモデルとしても素晴らしいと思う。
若い映画ファンには想像もつかないかもしれないけれど、10数年以上前のウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオだったら、こんな映画は絶対に作れなかった。ここはその名の通りウォルト・ディズニーが立ち上げた由緒正しい名門スタジオで、数々の名作を世に送り出してきた。しかし、マイケル・アイズナーが親会社のCEOを務めていた後期には、打算と妥協の産物を連発していた。
そのスタジオを生き返らせたのが、ピクサーのエド・キャットマル社長と、チーフ・クリエイティブ・オフィサーのジョン・ラセターだ。先日、ラセターに取材する機会に恵まれたので、同社をいかに立て直したのか振り返ってもらった。
「ぼくとエドは、ピクサーと同じフィルムメーカー主導のスタジオにすると訴えたんだけれど、彼らの信頼を得られるまでに2年はかかったね。彼らはそれまでの重役主導型の経営に慣れきってしまっていたから、ぼくがなにかを発言すると、たとえそれに納得できなくても、みんな黙ってしまった。作品づくりにおいて、正直な意見交換ができないんだ。これではまずいと気づいて、一歩下がることにした。たとえばラッシュ上映のあとも、ぼくは発言を控えるようにした。すると、やがて彼らは正直に意見を言い合えるようになって、クリエイティブ集団として育っていった。いい作品を生み出すためには、みんながお互いを完全に信頼し、率直に意見を言い合える環境が不可欠だからね」
さらに、「アナと雪の女王」の大ヒットが、スタッフの士気に大きく作用したという。
「かつてエドと言い合っていたんだ。『このスタジオから大ヒット作が生まれたとき、自信を失ってしまっているアーティストたちの心の傷がきっと癒えるだろう』と。そして、『アナと雪の女王』がアニメ映画史上ナンバーワンのヒットを記録したとき、ついにそれが起きた。いまでは、みんなありあまるほどの自信と意欲を持って、作品づくりに挑んでいるよ」
次作は、「シュガー・ラッシュ」の続編「Wreck-IT-Ralph 2(原題)」。今度はなんとインターネットを舞台に物語が展開するという。その後は、童話「ジャックと豆の木」を下敷きにしたミュージカル「Gigantic(原題)」が控えている。今後もウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの快進撃は続きそうだ。
「モアナと伝説の海」は2017年3月10日全国公開。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi