コラム:ニューヨークEXPRESS - 第24回

2023年3月31日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


第24回:変遷するニューヨークを見事に活写! サンダンス映画祭審査員大賞「A Thousand and One」監督らが語る製作秘話

ニューヨークはありとあらゆる人種が住み、多くの言語が飛び交っている。さまざまな感情を抱いた人々が個を磨きつつ、精神的にもタフにならなければ生き残れない街だ。先日、そんなタフな街を見事に映し出した映画に出合った。それが「A Thousand and One」。今年のサンダンス映画祭でグランプリである審査員大賞(ドラマ部門)に輝いた話題作だ。

本作は、ニューヨーク・クイーンズ出身のA・V・ロックウェルの初監督作。主人公は、刑務所から出所してきたばかりのイネスだ。彼女は養護施設で育った過去を持っている。そのことから養護施設でいつも寂しくしていた少年テリーを誘拐してしまう。テリーや恋人ラッキーとともに真っ当な生活を送ろうとするものの、次第に昔の過ちによって追い詰められていく……という内容だ。1990年代半ばから2000年代の初期まで、目まぐるしいほど移り変わっていくニューヨークが見事に活写されている。

イネスを演じるのは、R&B歌手として活躍し、近年は女優としてもその才能を開花させているテヤナ・テイラー。イネスの息子テリー役は年代ごとに、アーロン・ キングスレー、エイヴェン・コートニー、ジョシア・クロスといった3人の俳優が演じている。

今回は、脚本・監督を務めたロックウェル、ラッキー役を演じたウィル・キャットレット、17歳のテリー役を務めたクロスに単独インタビューを行った。

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挫けても力強く生きる女性を描いた脚本が非常に魅力的だ。ロックウェルの人生の中で、どのようなことが彼女の心に響き、この脚本を書くことになったのだろうか。

ロックウェル「2つの大きなテーマがありました。まずは、ジェントリフィケーション(都市の富裕層化)が ニューヨークの黒人居住区にどのような影響を及ぼしたのかを、肌で感じたということ。我々(=黒人)は抹殺され、街から完全に追い出されているような気がしていました。私はニューヨークをとても深く愛し、私の一部にもなっています。ただそのような状況を目の当たりにして『自分を愛してくれない街に対して、自分はどう思うのだろうか?』と感じたこともありました。だからこそ、この物語を伝えたいと強く思ったんです。そして、この街で安定した生活を送るために戦ってきた何世代もの人たちが、自分たちの住む地域がこのように繁栄するために戦ってきたのにもかかわらず、ジェントリフィケーションはとても不公平でした。特にハーレムは私だけでなく、黒人の文化や歴史にとって重要な地域であり、メッカです。それがジェントリフィケーションや、ジェントリフィケーションの舞台となった政策によって失われるのは、黒人のアイデンティティや遺産に対する破壊的な打撃のように感じられました。それが、私にとって大きな出来事でした」

この発言に紐づけると、2000年代初期、元米大統領のビル・クリントンがハーレムに住み始めてから、ジェントリフィケーションによって、黒人が多く住んでいたハーレムも大きく変化していったという過去がある。もうひとつのテーマについては「社会だけでなく、自分たちのコミュニティにおいても、しばしば誤解され、見えない存在として扱われる、都心の黒人女性の経験に敬意を表したいと思ったことでした」と明かす。

ロックウェル「今作では主人公イネスの旅を通して『誰が私たちのために戦っているのか?』ということを探求したかったんです。イネスは映画内で、他の人たちを支えていますが、彼女のために応援したり、戦ったりする人たちはほぼ見かけません。だからこそ私は、彼女たちに敬意を表し、高揚させ、祝福する方法として今作を描きたかったんです。誰が黒人女性のために立ち上がったのか、そして私たちは必要とされるだけでなく、平等に愛されたいのだということを伝えるために、今作でアイデアと質問を提示しています」

A・V・ロックウェル
A・V・ロックウェル

そんな思いが込められた脚本を渡されたキャットレットは「脚本のページに魂が注ぎ込まれたものを読んだのは、久しぶりと感じるほどに素晴らしい脚本だった」という。

キャットレット「彼女の脚本は本物。僕ら俳優陣が演技をする必要がない。その脚本から僕らは演技を取り出しただけだったくらいだ。我々の仕事は最初から最後まで美しかったし、キャストには弱点は一つもなかった。キャスティング・ディレクターは、この映画のために素晴らしい仕事をしてくれていた。それにジョシア・クロスのような素晴らしいアーティストに出会った。我々にとって(今作が)出発点になることはわかっているので、そんな映画に参加できたことを感謝している」

1990年代初期から半ばのハーレムでは、本作のように多くの黒人の子どもが一人親家庭で育ったり、両親がドラッグをやっていることもあった。ラリー・ クラーク監督作「KIDS(1995)」のように友人の家に住んだり、家を出て行った子どもがいたのだ。

キャットレット「間違いなく本作の内容に共鳴していたよ。もうこの世にいない僕の姉は、生涯ドラッグをやっていた。彼女が麻薬をやっているのを見たし、麻薬の流行が我々の家族に与えた影響を見てきた。そして、多くの友人が一人親家庭で育っていた。その中でも、ボビーという友人がいたことが決して忘れられない。僕らは一緒の学校に行っていて、彼は頭がよかった。そんな彼が僕に『お前はとても幸運な男だ。一生、父親がいるからね』と言った時があった。彼の父親は離婚のためにいなかったからだ。そう言った連中が周りにいたから、ラッキーを演じる必要がなかった。大人になるために教えてくれる人がいたことは私には幸運だったんだ」

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さらに、キャットレットは「僕の母親は『女性の声は、男性の内臓には届かない』とよく言っていた」と振り返る。

キャットレット「彼女は、子どもを正しい方向に導く力が女性にはないと言っているわけではないんだ。でも男性には何かがある。男性が(息子の)男らしさをチェックするときは、我々はその意味に関して耳を傾ける。例えば、僕がジョシアに『その道を辿る必要はない』と言ってみることと、 彼の母親が『そこに行く必要はない』と言うのでは違うんだ。母親の声は体内に浸透しないこともあるが、男性の声は耳に残ることがある。イネスの引っ越し先の母親(年配の女性)が『私の娘は今でもストリート(宿なし)で暮らしている』と語っていて、今作からはたくさんの癒しを得られると思う。観客は、子どもがストリートで暮らしている理由がわかることで、 何かしらの癒しになるかもしれない。なぜならストリートで暮らしていても、親の子どもへの愛情は変わらないからだ」

前述のように、テリーは3人の俳優によって演じられている。キャラクターの一貫性を保つため、ロックウェル監督は俳優たちとどのような話し合いを行ったのだろう。

ロックウェル「彼らは、テリーという人物を構築するうえで、互いに協力しあっていました。7歳のテリーを演じたアーロンは、養護施設を出て、イネスとの関係を修復しなければいけないため、彼自身のありのままの姿で撮影に取り組みました。この子は自身でトラウマを処理していて、世の中を不快に思い、自分自身にもとても違和感を抱えている子です。ですから、彼は非常に内向的。内向的、あるいは自己中心的な性格を感じることができます。その一方で、少しばかり気の強い部分も見受けられます。また好奇心旺盛で、とても賢いところもあります。私は、テリーが最初に登場する時、傷ついた少年というイメージだけではなく、彼とイネスがより精神的に安定するにつれ、少しずつ自分の殻を破り始めるような人物像を確立するところから始めたかったんです。アーロンが演じたテリーはプレティーンとしてぎこちないですが、エイヴェンが演じたテリーは、イネスと最初に会った時よりもずっと外向的で、自分の感じていることや考えていることを口にするようになっています。そして、自分自身を理解しようとする姿もあります。『自分は何者なのか』ということを理解するために、まだ言葉自体を使いこなせていませんが、確実に前進しているように見えます。同時に、友人やラッキーの影響、そして明らかにイネスとの関係における反抗期も存在しています。彼はまだ、なりたい自分になりきれていません。17歳のジョシアが演じたテリーは、テリーの最も現実的なバージョンです。ジョシア自身もテリーを演じることで、その成熟を感じていたと思います。テリーが世の中を動き回り、みんなと関わっていく姿は、彼が一人の人間として、最も全体的な姿に近づいていることを感じさせます。観客は、テリーの精神を所有した3人の俳優に一貫性を感じると思います」

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本作で最も驚嘆に値するのが、主演テヤナ・テイラーの演技だ。ロックウェル監督は、なぜ彼女を主役に抜擢したのだろうか。

ロックウェル「私がこの映画業界で尊敬し、一緒に仕事をしたいと思っている俳優とは、共に仕事ができるか確信が持てませんでした。イネスという女性は、このような女性を実生活で知っているか、あるいは実生活でイネスのような体験をしたことがあるか、どちらかの経験がなければ、より演技的になりすぎると思っていました。だから私は、この役のために、みんなに脚本を読んでもらい、オーデイションの部屋の中で、それを確認する必要がありました。テヤナは、オーディションのプロセスの一部、脚本を数ページしか読んでいない段階でも、このキャラクターを本当に理解していることがわかりました。テイラーは、非常に複雑なキャラクターに取り組める女優としての血筋だけでなく、真実味も兼ね備えているという点で、私が求めていた女優としての資質をたくさん持っ ていました。彼女がイネスを表現することで、ニューヨークの女性であり、ストリートからやってきた生身の女性であることを信じることができると思ったんです。テヤナは、イネスというキャラクターを見下すのではなく、役柄に対する思いやりを持ち、一緒にいることを示すような形で、このキャラクターと繋がることができていました」

続けてロックウェル監督は「イネスは単にハーレムの女性であるだけでなく、たくさんの豊かな層(個性)を持っています。観客は テヤナの演技によって、その個性を見ることができます。テヤナはタフな女性だけれど、繊細な感性と育成の資質を平衡的に兼ね備えています。実生活でも母親であることが、彼女の演技によく表れていると思います」と語った。

キャットレットは、イネスが喧嘩をしたラッキーを家から追い出すというシーンについて触れてくれた。

キャットレット「何よりもまずテヤナはアーティストだ。人々は今、俳優をしている歌手とか、演技をしている歌手とか箱に閉じ込めようとすることがあるが、彼女は自分が必要になった箱に閉じこもっていくアーティスト。そんな彼女にはこの役は運命のように適していた。僕と共演したシーンは、まるでスパーリングしている感覚だったんだ。お互いが演技を見ながら確認していた。イネスが、ラッキーを押してストーブにぶつけるというシーンがある。ここで僕は本当に強く、テヤナからストーブに押されていた。その際、偶然に物が落ちてしまったが、それもそのまま映像として使われていた(脚本に記されていなかった)。彼女との仕事はとても楽しく、とても寛大だったよ」

一方、クロスは、テリーが自身の出生証明書を巡って、母イネスと口論になるというシーンに言及してくれた。

「ロックウェル監督は、このシーンが、これまで彼らが歩んできた長い旅路のクライマックスであること、その重要性を強調していた。これは“母さんは、昔通り沿いの食料品店で働いてたんだ”というようなこととは訳が違う。母イネスに関するある情報をすべて受け入れなければいけない。そうすると、自然に人として“不安”な状態に陥ってしまう。それを人前で表現することに違和感を覚えていた。でも、自分の魂を剥き出しにして、真実を求めて話すことに心地よさも感じていました」

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本作の時代背景は、1990年代半ばから2000年代初期。その間にビル・クリントンがハーレムに引っ越し、ジェントリフィケーションが起こり、ニューヨークの市長にルーディ・ジュリアーニが就任。Jaywalking(交通規則を無視した道路横断)、Stop and Frisk Policy(警察官による所持品検査。主にスパニッシュ系や黒人系アメリカ人を対象に調査したことが問題になった)なども劇中に反映されている。そのような要素をすべて取り入れたニューヨークでの撮影は、どのようなチャレンジとなったのだろう。

ロックウェル「ニューヨークの撮影で一番難しいのは、ニューヨーク自体が劇的に変化し続ける街であることです。そして新型コロナウイルスによって、またそれが様変わりしてしまいました。街が変化し続けるという難しさが加わったのですが、あの時代を視覚的に捉えるための戦略について、強いアイデアが浮かんだんです。ちょうど撮影は、ロックダウンから解放されたばかりの頃。撮影許可や制約がたくさんありました。人々が制作に復帰し始めた頃で、多くの制限がありました。そのため、街へのアクセスが規制され、さらに時代物の作品となると、現実の世界と何が起きているのかを融合させるということがより難しくなっていました。誰もがマスクをつけていたので、ニューヨークで撮影するのは劇的に難しくなっていました。私自身と撮影監督のエリック・ユエ、プロダクション・デザイナーのシャロン・ロモフスキー、衣装デザイナーのメリッサ・ヴァーガスのコラボレーションによって、あの空間(当時のニューヨーク)を作り上げることができたのは、本当に素晴らしいことでした。さらにサウンドデザイン、ニューヨークへの没入感、ビジュアルエフェクトなど、すべてを統合するために、さまざまなものを取り入れました」

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90年代半ばから2000年代初頭、ハーレムの人々にとってのアメリカンドリームに対するビジョンは変わったのだろうか。ロックウェル監督は「アメリカンドリームに対する彼らのビジョンは変わっていないと思います。この国に住む誰もがそうであるように、彼らは今もそれを望んでいる。ただ、黒人コミュニティとして『よし、この障害を乗り越えたぞ』と思える場所に到達するたびに『また新たな障害が出てきた』という現実があります。特にハーレムの場合、何世代にもわたって、私たちのコミュニティに投げかけられたあらゆるものを克服しようとしてきました。1990年代初頭は、ハーレムのような黒人居住区に大きな影響を与えた麻薬の蔓延から抜け出したばかりでした。そのため、90年代から2000年代初頭にかけて、立ち直り、再び繁栄し始めたコミュニティを持つため、ジェントリフィケーションは克服すべき障害となるものでした。アメリカンドリームを手に入れるだけでなく、手に入れた後もそれを維持することがより難しくなったんです」と指摘した。

サンダンス映画祭では審査員大賞に輝いた。この点についてキャットレットは「サンダンス映画祭の各賞が発表される前、ジョシアと『僕らは何か特別なものに関わったのだ』と話していた。素晴らしいことを成し遂げたということは理解していたが、サンダンス映画祭で大賞を獲得したのは大きな成果だった。僕はサンダンス映画祭だけでなく、アカデミー賞、SAG賞、ゴールデングローブ賞でも認められたいと思っている。より多くの人々が見れば見れるほど、彼らは自分自身を特定するだろう。今作は、ある意味、避難所、癒し、そして(自己の)理解につながると思っている」と話していた。

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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