コラム:若林ゆり 舞台.com - 第98回
2021年6月8日更新
第98回:ハスキーボイスでブレイク中の個性派・伊藤沙莉がファンタジー舞台で魅せる「いろんな味」!
なんて魅力的な声の持ち主だろう! 6年前に本コラム(第32回/https://eiga.com/extra/butai/32/)で取材した本広克行演出の舞台「転校生」を見たとき、心からそう思わされたのが伊藤沙莉だった。新人女優21人が織りなす女子高生の群像劇で、9歳の時からキャリアを重ねてきた伊藤が実力で抜きん出ていたのは自明の理。それから注目してきた彼女は、あれよあれよという間に個性派女優としてブレイクを果たした。そんな伊藤が久しぶり(2017年「すべての四月のために」以来)の舞台に挑戦する。それが、蓬莱竜太の作・演出により、ミュージカル界のプリンスこと井上芳雄と共演するダークファンタジー「首切り王子と愚かな女」だ。
とある王国。国民を次々と首切りの刑に処している孤独な王子(井上)に仕えることになったのは、希望を失って「もう死のう」と思っている女・ヴィリ(伊藤)。ふたりの心にやがて、思いもしなかった波が打ち寄せる。
ファンタジーと伊藤沙莉の掛け合わせは意外な気もするが、伊藤自身はどんな感想を持ったのだろう?
「ファンタジーというものをあまり演じたことがなかったので、『果たして体のなかにちゃんと入ってくるのかしら?』と思ったのですが、台本がすごく読みやすかったんです。ヴィリって、口が悪いんですよね(笑)。でも、そういうところでなくても、例えば独白だとか怒りをぶつけるようなセリフも、スッと入ってきました。舞台は久々で『うわ、意外としゃべるな』というセリフ量だったので、『入らなかったらどうしよう?』と考えたら怖すぎて、覚え始めるまで時間がかかったんです。でも、いざ手に取ってみたら『あれ? 入るぞ!』みたいな。きっと違和感がないからですよね。これは私に当てて書いてくださっているな、と(笑)」
確かにヴィリは、おとぎ話的な物語世界からはちょっと逸脱したキャラクターかもしれない。だが伊藤に言わせれば「リアルに人間を感じさせてくれる」存在。第1幕の台本には、読んでいるだけで伊藤の声が聞こえてきそうな面白さがある。彼女の持つ“ツッコミ名人”としての技量が生かされている?
「私も最初は、ツッコミを託されていると思ったんですよ。お城のなかで起こっていることは、下々の者からしたら現実離れしているのですが、いざその世界に入って見てみると『何なんだよ、この人たち』ということが多いから。そこを冷静にツッコんでいるつもりだったんです。でも最初の本読みのとき、自分のなかで流れていた声というか音が『あ、正解!』というのと、『あ、そう来るか、そっちか』というのがあって。自分の解釈と全然違うところがかなりあったんです。自分ではコメディ寄りに読んでいたところが、実は意外と切ないシーンだったりして。『あ、そうだよね』と合点がいきました。自分が観客として蓬莱さんの舞台を見に行った時に『笑えるんだけどなんだかちょっと胸が痛い』とか、『あれ、いつの間にかちょっと泣いてた』みたいなことがけっこうあって、そこが好きなのですが、『ああ、こういうところからそういう感情が生まれているんだ』と思えたのがすごく面白かったです」
もちろん、物語にコロナ禍や閉塞感といった“今”の状況が色濃く反映されているのは言うまでもないこと。
「コロナだけじゃなくて、露骨に言ってしまえば自殺とか、今起きているいろいろな問題を語っていると思うんです。それをファンタジーでくるんで、ちょっと柔らかいけどかなり尖った形で物語にしているというのが、面白いやり方だなと思います。逆に伝わりやすいと思うんですよ。当たり前の描き方じゃないから。『そう簡単にはいかせないよ』という蓬莱さんの志向が私は好きです。王子とヴィリの関係にしても、『めちゃくちゃいがみ合ってました』→『ちょっと仲よくなりました』→『末永く幸せ、イエーイ』みたいな感じには絶対行かない(笑)。『いい感じかと思いきや、そんな波かよ……』みたいな浮き沈みが、人間らしいんです」
蓬莱は今回、"音"にこだわった演出をしているという。それを受けて立つ伊藤は、「耳からお芝居をつけるのは大好き」と嬉しそう(なるほど、映画「寝ても覚めても」で伊藤が発した関西弁は、ネイティブにしか聞こえないほど完璧&絶品だったっけ!)。
「蓬莱さんは『この心の状態に名前をつけて、その音を出してほしい』とおっしゃる。表現する上で試行錯誤はつきものですが、私は不正解を出すのが怖いんですね。『“なんでそっち行った?”って思われたらどうしよう』と。その恥ずかしさとひとりで闘うのが怖いって毎回、思うんです。でも、音で言われると“試す”という方向性に持って行けますよね。舞台って稽古の期間は存分に"試し"をできるという贅沢なところ。しかも今回は“音”として試せるところに、より自由を感じます」
声を武器とする井上と伊藤の間に、どんな化学反応が生まれるのかも楽しみなところ(いつかミュージカルでも共演してほしい!)。
「芳雄さんは“王子”を主軸として存在している時と、子どもっぽいテンションになっちゃう時で声の感じがガラリと変わるんです。声だけでどんな状況かすぐにわかる。それに対して、私も自然に『出方が変わるわ』と思うし、正解の“音”を一緒に探れている、という感じがしています。勝手にですけど(笑)。このご時世ですから、稽古後の飲みニュケーションができないのは残念ですね(笑)」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka