コラム:若林ゆり 舞台.com - 第91回
2020年10月2日更新
第91回:名作映画を日本発でミュージカル化した「ローマの休日」に挑む、朝夏まなと&加藤和樹の願いとは?
何度見ても引き込まれ、新鮮に楽しめる映画。そんな名作が何本あるだろう。だが、1953年に製作された「ローマの休日」は、疑いの余地なくその筆頭だ。ローマを表敬訪問した某国の王女が大使館を抜け出して、偶然出会った新聞記者と夢のような1日を過ごす。それだけのシンプルな物語が、万人を夢中にさせる。当時、まだ無名の新人だったオードリー・ヘプバーンの輝くような魅力と、野心と優しさの間で揺れる記者に扮したグレゴリー・ペックのダンディズムが最高の化学反応を呼び起こし、今もまったく色あせないのだ。
この名画が世界で初めてミュージカル化されたのは、映画公開から45年を経た98年。なんと日本でのことだった。アン王女に大地真央、記者のジョーに山口祐一郎というミュージカル界の大スターを主演にヒットを飛ばし、2000年には再演も行われた。東宝が誇る日本発オリジナル・ミュージカルの草分け的存在として、語り継がれている作品である。
この作品がバージョンアップして、20年ぶりに再び幕を開ける。今回、アン王女に扮するのは元宝塚トップスターの朝夏まなと、そして映画やドラマでの活躍がめざましい若手女優の土屋太鳳というダブルキャスト。ジョー役は、数々のミュージカル作品で実績を重ね、今やミュージカル界になくてはならない存在の加藤和樹、平方元基のダブルキャスト。今回は朝夏まなと、加藤和樹のコンビに話を聞いた。
まずはふたりに、映画「ローマの休日」の感想から語っていただこう。
加藤「この作品に入る前に改めて見直しましたけど、とてもチャーミングな作品で笑えるシーンもあって、でも最後はグッと胸を締めつけられる。ふたりは別々の道を進む結末になりますが、それでも見終わった後は、希望を持てるんですよね。シンプルだからこそ登場人物の心情に入り込みやすくて、まさに王道。昔の作品だけど、今、すごく大事にしなきゃいけないものを改めて感じました。胸のときめきだとか、恋に落ちるときのドキドキ感とか。王室の生活は想像もつきませんが、そんな僕から見ても、王女様の日常に憧れる姿はすごくよく分かるんです。僕らでも、例えば人目を気にしないで遊ぶ、みたいなことは難しいところもありますし。そうした誰しもが心に抱く『ああいうことをしてみたい』という、その願望を叶えてくれるような作品だな、と改めて思いました」
朝夏「私はもう、宝塚時代から『ローマの休日』は好きな映画で、何度も見ていたんです。やはり不朽の名作と言われる要素がいっぱいありますよね。王道を行くストーリーも、オードリー・ヘプバーンがかわいらしすぎることも(笑)。それにやっぱり、ときめき。とくに女性の好きな要素が詰まった映画だな、と思います。でも私、男役だった時はグレゴリー・ペックの方をすごく見て学んでいたんです(笑)。いかにも『やってるよ』というんじゃない、さりげないエスコートのしかたとか、あの、肩の力が抜けたスーツの着こなしとか! 『大人の男をやる時には、このカッコよさを取り入れなきゃ』と研究対象にしていました」
加藤「やっぱりグレゴリー・ペックはカッコいい! あのイメージが僕はすごく強くて、どうしても意識してしまいますね。でも、映画のファンの方も、映画の印象を強く持っていらっしゃる方は多いと思うんです。その映画ファンの方たちにも楽しんでいただけるように作りたいと思っています」
朝夏「本当に。今回、改めて自分が演じるという前提で見直したら、『このアン王女の1日を自分が体験できるんだ!』と思えて、すごく楽しみになったんですよ。それくらい、アン王女の1日に起こった出来事というのは濃密。自分が求めていたものをひとつずつ叶えていく、あの時間。体験するすべてが、まるで夢を見ているようなんです。だからこそ、映画ファンのみなさんもきっと、ローマの街を大切な人と一緒にデートしているような感覚を味わえるんじゃないかな」
映画はみずみずしいオードリーの魅力を際立たせようと、例えば「真実の口」のシーンではウィリアム・ワイラー監督が台本にない演出をしたため、オードリーの“素”のリアクションが生かされている。映画でそんな風に表現されたアン王女の初心(うぶ)さを、朝夏も「いちばん大事にしたいところ」だと感じている。
朝夏「いかに自分がアン王女として“白紙”でいられるか、そこがポイントじゃないかなと思っています。妄想ばかりしていて本当の自由を知らない人が、いろんなものを経験して吸収して成長していくという一瞬一瞬を、毎回毎回、いかにリアルに、新鮮に感じていただけるか。そうすることで初めて、共感していただけると思うんですね。だから自分がちょっとでも次を予測してしまったりすれば、アン王女の持っているピュアさとかときめき、高揚感がウソになってしまう。あり得ないほどの純粋さがあった上で話が進んでいくから、そこが大事だと思うんです」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka