コラム:若林ゆり 舞台.com - 第74回
2018年12月27日更新
第74回:神田沙也加は当たり役、「キューティ・ブロンド」のエルとは真逆!?
エル・ウッズは間違いなく、映画史に残るヒロインだ。映画「キューティ・ブロンド」でリース・ウィザースプーンが演じたこのブロンドの女子大生は、恵まれた環境で何不自由なく育ち、ピンクが大好きでこの上なくガーリー、頭の中はお洒落とカレシのことでいっぱい。そんなエルが「金髪おバカ」のレッテルを貼られてロースクール(法科)のカレシに捨てられたときから、大逆襲作戦が幕を開ける。元カレを見返し、取り戻したい一心で、あくまでも自分の個性を貫きながら、ロースクールでの大奮闘を開始するのだ。
このピカピカの前向きヒロインは、ミュージカル向きでもある。それを証明したのが、2007年に開幕したブロードウェイのミュージカル版だ。日本での初演は2017年。この公演が大成功を収めたのは、神田沙也加という適役を得たからに違いない。そして2019年、神田がこの当たり役に戻ってくる。神田本人も「ぴったり」と思っているかと思いきや、「自分的には全然、素質がものすごく遠い」と思っていたのだとか。
「ありがたいことに、『エルにぴったり』と言っていただくことがとても多かったんですが、私自身としてはむしろ逆という感じで。エルはとにかく前向きでがむしゃらですけど、私はすごく考え込んでしまうタイプなんですよ。エルはへこたれてもその滞空時間が短くて、すぐに立ち直るでしょう(笑)。そこが全然違うんですよ! 逆に何を以てして『ぴったり』と言ってもらえているのか、すごく興味があります」
これは意外! 神田沙也加といえば圧倒的にかわいくていつも笑顔で、ピンクもめちゃくちゃ似合うのに?
「確かに私もかわいいものは好きですし、ピンクも好きですよ。でも、エルのピンクさってもう、差し色とかいうレベルではなくて(笑)。ピンクにピンクにピンクにピンクを重ねるので、ちょっとすごいんです。貫いていくにも勇気がいりそうって思うくらい、強烈に個性的な人なんですよね。私も、自分の好きなものが人に共感をもってもらえなかったり理解されなかったとしても、自分が『これはいい』と思ったものはずっと好きだったりはします。でもああいう集団の世界では、個性を貫くよりは調和を求めたい人間なので。主張をするエルはやっぱり真逆だなぁと思うんですよね。私は『近づきにくいと思われたくない』と思ってしまうんです」
映画の「キューティ・ブロンド」は、「タイトルがかわいかったから」見ることにした。エルの前向きさだけに共鳴するというより、彼女が感じる喜怒哀楽の振れ幅に、女子として共鳴したという。
「『私、前向きですよ!』とか『私は目標に向かっていきますよー』とか、そういうハッピーなところだけ見せられ続けていると、人って、ついていけなくなっちゃうと思うんですよ。でもエルって彼女の世界の中で『もうこの世の終わり!』みたいな傷つき方をするし、挫折するときは顔をクシャクシャにして挫折するし(笑)。そういう浮き沈みを、ちゃんと心と体を使ってやる。だからこそ、彼女をバカにしていた人たちを見返したときもスカッとするし、新たなものを見つけたときも『光が差した!』みたいな感じがすると思うんです。どの感情になるときも、省エネしないというか(笑)。楽をしないでとことん喜怒哀楽を表してくれるので、一緒にジェットコースターに乗ったような気分になれるんだな、と思いました」
筆者が2年前の初演を見たとき、神田版エル・ウッズはリース・ウィザースプーンのマンガそのもののような演技とはちょっと違って、意外と地に足が着いているような印象を受け、そこに絶妙な説得力を感じた。それも、彼女が熟考の末に見いだしたバランスだったのだ。
「リースさんのエルは素晴らしかったんですけど、私が見ていただくのは日本のお客様。あのアメリカンなテンションだと、観客のみなさんを置いて行くことになってしまうな、と思ったんですね。だから、いい感じのジャパンミックスを目指しました。映画には、かわいい仕草がいっぱいあるじゃないですか。ふてくされ方とか、歩き方とか、チワワのかわいがり方とか。そういうリースさんの印象的な演技は取り入れて、でも基本的には日本人ベースで、というブレンドはめちゃくちゃ考えました」
結果、エル・ウッズは神田の当たり役となった。神田には、この公演に絶対に忘れられない記憶があるという。
「初日の第1幕が終わったときの、お客様の反応! その光景がほんっとに忘れられないんです。自分がこの作品をブロードウェイで見たときは客席が熱狂していましたけど、日本ではあまり見られないものですよね。よかったよ、というのをすぐに出してはこられない。そんな日本の観客イメージを覆す反応が返ってきたんです。1幕終わりに歌いきって、拳を突き上げて幕が下りる瞬間、それが目と耳に届いて『ああ、よかった! 日本のみなさんにもこの作品を受け入れてもらえたんだ』と思って。『もう、ここで終わってもいい!』って思うくらい(笑)、嬉しかった。映画はブロンド界に風穴を開けたじゃないですか(笑)。その舞台版として提供すべき楽しさの正解、というところへ行けたんじゃないかな、と思っています」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka