コラム:若林ゆり 舞台.com - 第22回
2014年12月24日更新
第22回:30周年を迎える男だけの劇団が「大いなる遺産」で立ち上げる、虚構の中の真実
もう1人の少年ピップ役者である松本は、関戸と同期入団の10年選手。「原作は学生のときに一度読んだんですけれど、今回読み直してみると受け取る印象が全然違って驚きました。昔はエステラとの恋、そして後援者は誰なのかということをいちばん追っていたという気がするんですが、それぞれの登場人物たちが抱えている痛みだとかせつなさ、そういうものがこんなに深く描かれているんだと。それだけ見る人の経験や状況によっていろんなものが汲みとれる、懐の深い作品だなあと思います」
笠原の演じる大人ピップに対しては「役のピップとしては感じていないけれど、役者としてはすごく感じています。お客様も、少年ピップを見ただけではわからないことを、大人ピップの表情を見て気づいたりできると思うんですよね。時が経ってから大人ピップがこういうふうに感じていることなんだと。その深さと対比がすごく面白いなと思います」と、同じ役を演じる関戸と異口同音のコメント。同期の関戸とは、役作りの話をしたりもするのだろうか?
「台本解釈のこととかで、『この部分はどう考えてる?』とかそういう話はしますよ。昨日のサッカー勝ったね、負けたね、くらいの感じで(笑)。同期で10年間ずっと一緒にやってきている仲間なので改まってという感じではないですが、当たり前にそうなりますね」
劇団スタジオライフは、演劇集団円に所属していた倉田が、2014年6月に惜しくも亡くなった河内喜一朗さんと出会ったことから始まった。2人は1985年に新たな劇団を旗揚げし、小学校巡回公演をスタートさせる。「そのとき、春休みと冬休みに空いた時間で始めた小劇場公演が母体です」と倉田。「学校公演もやっていると力仕事が多いので男性が多かったんですが、最初は女優も2人いたんですよ。ところが、その2人が相次いでやめてしまって。本番2週間前だったので、劇団のなかでいちばん女装させてもおかしくない男子にセーラー服を着せて出てもらった。そうしたらすごい人気になって。倍、倍というふうにお客様が増えていったんです。異形というか、通常とは違うものって人を惹きつける力があるんだなあと思いましたし、結果オーライ、それじゃあこれを突き詰めてみようと思って、以来ずっとこの形です。そうしたら、虚構性がすごく強くなるということもわかって、これでしか出し得ない美学のようなものも生まれたんですよね。同性だけだから生々しい感覚がなくなって、逆に圧力が高くなったり、独特の色気が出てきたり。でも実は、私にとってはすべて結果論なんです(笑)」
その倉田がもつ台本解釈の深さ、世界観が立ち上がるような美学やこだわりが、劇団の核となっている。萩尾望都原作の少女マンガ「トーマの心臓」を舞台化したり、「レ・ミゼラブル」の美術を担当したマット・キンリーと組んで「PHANTOM 語られざりし物語」を成功させたりと、チャレンジ精神が実を結んでいる。その倉田の演出について、笠原は語る。「ちょっと乱暴な言い方をすると、『あなたがヘタクソでも、そこで気持ちを見せてくれればそれでいい』という感じかな。その代わり気持ちが出るまでめちゃ追い込む、とことん追求する演出家です。ひとつこだわったものに対しては、それが出るまで『違う、違う』と言い続けます(笑)」
松本も、倉田の台本に対する踏み込みの深さに驚かされることがよくある、という。「たとえば、ピップがハヴィシャムから『エステラは外国に行ったよ』って言われて落ち込んでいるところ。そのとき銃声がして、囚人を探しているということがわかるんですけど、もしかしたら自分を探しているんじゃないかとピップは思う。僕はそれを、そのまま言葉通りに読んだんですが、でも倉田さんはもう一歩踏み込んでいるんです。そこで、ビディーを取るに足りないとか言った自分に対する罪悪感を覚えて、だから自分が罪人として探されているんじゃないかと思うんだと。ああー、なるほどと思ってしまいました(笑)」
時代を超えた普遍性、そして個性豊かなキャラクターたちのあふれる思い。演劇でなければ味わえない体験が、ここにはある。「人生にとっていちばん大切なものを、きっと感じてもらえると思う」と、倉田。「格差社会なんてどこにでもあるし、自我の目覚めだって誰もが経験するし、大人になっても自分は何かと考え続けている(笑)。やはりディケンズが生き残っているのは、そういう人間の普遍的な、本質的なところを抽出して書いているからだなあと思います。男ばかりということで二の足を踏まれる方も多いかもしれませんが、とにかく真面目に芝居を作っていますから。男女を超越したところで次に広がる世界を、ぜひ味わいに来ていただきたいです。それでやみつきになっていただけたら最高に幸せですね」
「大いなる遺産」は2015年1月12日まで新宿シアターサンモールで上演中。詳しい情報は公式HPへ。
http://www.studio-life.com/stage/great_expectations/index.html
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka