コラム:若林ゆり 舞台.com - 第124回
2024年5月1日更新
第124回:昆夏美・大原櫻子・海宝直人・村井良大が「この世界の片隅に」のミュージカル版で共有する悩みと喜び、切磋琢磨の日々!
そこに、生きた人たちがいた。太平洋戦争下の広島で生きる人々の、日々の暮らしを描いて「生きる」ことの尊さ、愛おしさを呼び起こし、心揺さぶる「この世界の片隅に」。こうの史代氏による漫画は、片渕須直監督によって素晴らしいアニメーション映画となり大ヒット。さらに監督がこだわりを貫いた長尺版「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」も大好評を呼んだ。また、2度にわたってテレビドラマ化されるなど、日本人の心に染みわたり、広く愛されている不朽の名作だ。
この作品が、ミュージカルになる。
脚本・演出は、同じく漫画原作の「四月は君の嘘」を手がけた上田一豪。音楽を手がけるのは、10年前にアメリカの音楽大学に留学して以来、ミュージカル音楽家を目指して研鑽を積んできたアンジェラ・アキ。この、語り続けられるべき物語が、ミュージカルというエンタテインメントを通してどう伝わるのか。ダブルキャストで主人公・すずを演じる昆夏美と大原櫻子、すずの夫・周作役を務める海宝直人と村井良大の4人に話を聞いた(※このコラムにはネタバレとなりうる内容が含まれています)。
まずは、脚本だ。映画版における片渕監督のこだわりは語り草だが、上田も負けてはいない。原作とも映画ともドラマとも違う、ミュージカルならではの構成と話法で観る者を惹きつける。そしてやはり、とめどなくエモーショナル。読んだだけで正直、泣けてしかたなかった。これに歌が加わったらどうなるのだろう? キャストの4人の、脚本を読んでの印象は?
昆:映画とはまた違って、次はどうなっていくんだろうと強く思いました。原作は淡々とした日常を描いている内容だから、敢えてけっこうドラマティックな運び方をしているのかなと。「こう見せたい」という流れが脚本から明確にわかって、衝撃でしたね。
大原:私もやはり、脚本を読んで泣いて、音楽を聞いて泣いて、1年前にあったワークショップを聞きながら読んでまた泣いて、みたいな感じで(笑)。果たしてこれを自分ができるのかと。でも日本人として「日本の歴史を伝える使命があるんだ、覚悟を持ってやらなければいけないな」という思いが湧きました。
海宝:時系列が違うというのもあるし、モノローグで物語が進んでいくというところでも、すごく演出的な作戦が感じられて。一豪さんにしか見えていない景色がまだまだあるんだろうなとすごく感じましたね。いま、日々稽古を重ねていくなかで、一豪さんが「こういう本になっているのはこういうつもりだったんだ」とか、「僕の中では照明や映像も含めてこういうふうに見えているんだ」というところを共有してくださっているので、「そうだったのか!」という発見が毎日あるんです。あと、単純に「すずが出っぱなしで大変だな!」と思いました(笑)。
全員:(笑)。
昆:確かに、自分のセリフにマーカーを引いていたら「セリフほとんどにマーカー引いてるんじゃない!?」ってなった(笑)。マーカーのピンクがもう薄くなって出なくなっちゃうんじゃないかと思いました。「これどこで水飲めるんだろう?」という不安が……(笑)。
村井:ミュージカルだと大抵、1幕、2幕とありますよね。原作はあまり起伏が激しくはなく淡々と進むから、どこで1幕を切るんだろうなって思ったんですよ。それで台本を読んだ時、「1幕をこういう締め方で2幕に引っ張るんだ! 一豪さんすごいな」と思いました。1幕と2幕の間に、「これからどうなるんだろう」とお客さんに思わせる力があって。その構成力をすごく感じました。
そこに、アンジェラ・アキ渾身の楽曲が加わる。曲を聞けば、ミュージカルにする意味がより一層わかるはずだ。
昆:4人で話していたのは、本当に1曲1曲がもうシングルカット曲という感じで、「全部がA面だね」と。それが26曲あるんですけど、いろいろなシーンで、いろんな曲調で使われるんです。ミュージカルだと、その曲が耳に残るということ、観劇した後に頭でリフレインされるということが大事だと思うんですね。そういった意味でも、最後で歌われる曲は、歌詞も含めて絶対に「残る」曲だと思いますね。
海宝:曲を聴いていると、とにかくすごく色彩豊かだなと思うんです。聴くとそのシーンの色味が、頭の中にふわっと浮かんでくる。僕は学生時代からアンジェラさんの曲がすごく好きだったんですが、そもそも声にドラマがあって、言葉にもすごく力があって、音楽的にもポップスではあるんだけれども、とてもメッセージ性が強く、力強さがあって。そのアンジェラさんがミュージカルを勉強してきて、今回はその成果ですよね。いろいろな要素のミックス具合が「新しいな」と感じています。
村井:アンジェラさんの曲って、ジャンプ力がすごいんです。感情的に、一気に頂点まで到達できる力があるから、そこにたまに追いつかなくてひいひい言う自分もいるんですけど(笑)。力強い曲が多いんですが、それでいて繊細というのが、本当にすごい。
この作品の登場人物はごく普通の人々で、歌いあげそうな人は誰もいない。それをミュージカルで表現する難しさもあるはずだ。
昆:この作品をやると聞いたとき、「ザ・ミュージカル」みたいな、真ん中でうわーって歌うみたいなのは嫌だなと思ったんです。「それだと肌感が合わないな」と感じて。で、どんな曲が来るんだろうと思ったら、やっぱりとっても繊細で。でも、すずさんの心の機微を、歌うことで伝えなきゃいけないから、そのバランスですよね。どこまですずとして感情を出すのか、どこまで歌い手、役者としてエネルギーを出すか。ただわーっと歌えばいいものではもちろんないから……難しいんですよねー! 2幕で、初めてすずさんがあることに気づいてしまって歌うナンバーがあるんです。この曲はいくらでも感情的に歌えるけど、その感情をどう表現するのか。まだ経験したことのない表現を、今回はしなきゃいけないんだろうなと思っています。
大原:どこまですずさんの頭の中なのか。頭の中の言葉であれば感情を出していいんじゃないかと思ったり。とはいえセリフの延長であった時に、果たしてこれでいいのか、と迷う部分もありますね。私はすごく入り込んでしまった時があって。すずの人格とかはもちろん考えなきゃいけないんですけど、1回、2幕の通し稽古のときに、けっこう感情に任せてやってみたんです。明らかに周作さんとすれ違ってしまった後、感情がめちゃくちゃ揺れ動いて、いろいろあった後で「絶対帰ってきてくださいね」と言うシーンなんですけど、ポロポロ泣いた後に、しゃくりあげている感じが残っちゃっているし、完全に目も腫れているし、鼻も赤いし……ということになって、「何これ、いつなんだ私は?」って意味がわかんなくなっちゃった(笑)。
海宝:やっぱり音楽の力がすごくて、そこでグッと持っていかれる瞬間というのは多々あるんですけど、いま、そことの戦いも起こっています。音楽の力で引っ張られすぎてもいけないと思うんです。音楽の色彩が豊かで、今回ミュージカルにすることの意味はそこにもあるけど、時にそれが鮮やかに強すぎてしまうと、芝居が見えなくなるから。音楽って感情を持っていかれるじゃないですか。嫌な気分でいても素敵な音楽を聞くと、ジーンとしたり、感動したりできる。だけどいまは、そこに疑いを持ちたいなと思っているんです。
海宝:だからいま役者も含めて、音楽監督と話しながら「じゃあここはなくして、移動していたセリフを戻した方がいいかもしれないね、そうするとすずの気持ちが盛り上がってサビに行けるね」とか、そういう細かい調整をやっています。物語全体を通して繋げてみると、これは個人の歌だけにしておくのはもったいない、というのがだんだんと芽生えてきて。オリジナルミュージカルの「生みの苦しみ」にいま、まさに直面しています。
大原:アンジェラさんの中では、「こういうふうに歌ってほしい」みたいな完成形が見えているんですね。稽古場に来ていただいたとき、「ちょっと1回歌うね」と言って、歌ってくださった。結果、なんか聞き惚れてしまって(笑)。考えるどころじゃないみたいな感じになっちゃったんですけど(笑)。でも、アンジェラさんも役者も、セリフの延長上に歌があってほしいというのは揺るがないものなので。歌い上げるというよりは、それこそ言葉を吐き出していくというか、言葉をひとつひとつ丁寧に扱って、立たせていく。どこを立たせていくのかというのにも、すごくこだわりがあるんです。
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筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka