コラム:若林ゆり 舞台.com - 第121回

2024年1月17日更新

若林ゆり 舞台.com

第121回:歓喜のクオリティ! 美女優に扮した山崎育三郎が魅せる「トッツィー」の高揚感が止められない!

ほぼ出ずっぱりの山崎育三郎が、フル回転で観客を魅了!
ほぼ出ずっぱりの山崎育三郎が、フル回転で観客を魅了!

シドニー・ポラック監督の「トッツィー」(1982)は、映画史に燦然と輝く傑作コメディ。地味なオッサンと真っ赤なスパンコールのドレスを着た女性、実はどちらもダスティン・ホフマンの2ショットが写ったビジュアルは、Z世代でも「知っている」という人がかなりいるのではないか。

ホフマン扮するマイケル・ドーシーは、演技の才能はあふれんばかりに持っているのだが、演技へのこだわりが強すぎて周囲と協調できない中年俳優。相手の気持ちより自分の演技や作品のクオリティが大事という、度を超えた役者バカであり演技オタクなのである。それが災いして仕事にあぶれた彼は、女友達が落ちた昼メロのオーディションに女装して乗り込み、女部長役をゲット。女優ドロシー・マイケルズになりきって周囲を騙し、成功していくなかで、恋と葛藤が生まれる。男女入れ替えのドタバタ、葛藤と人間としての成長、性差の現実と女性賛歌を、ホフマンが徹底的な職人芸で演じきった快作だ。

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この作品が、ブロードウェイでミュージカルになった。初演開幕はコロナ禍が劇場を襲う直前の、2019年。映画のミュージカル化作品はブロードウェイに山とあるが、19年のトニー賞では11部門でノミネートを果たすなど、大きな成功を収めた。このとき主演を務めたのは、「アナと雪の女王」のプリンス役として知られるサンティノ・フォンタナ。しっかり主演男優賞をさらっている。

そしてやっと、待ちに待った日本上陸。今回、開幕に先がけゲネプロを観劇することができたので、リポートしたい。最初に断言しよう。これは、大当たり! コメディ・ミュージカルが本来もっているべきものを余すところなく、過剰なまでにもっているザ・傑作コメディ・ミュージカルなのだ。しかも、海外オリジナルの翻訳ものにありがちな「笑えない残念感」が一切ない。作り手と俳優たち全員を称え、感謝したくなる仕上がりだ。

※本記事には、舞台のネタバレとなりうる箇所があります。未見の方は、十分にご注意ください。

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まず、脚本・演出、音楽、振付、衣装デザインといったスタッフの仕事が素晴らしい。脚本は、Netflixの「ザ・ミュージカル」も手がけたロバート・ホーン。音楽と歌詞は、ミュージカル版「フル・モンティ」や「バンズ・ビジット 迷子の警察音楽隊」のデイビッド・ヤズベック。演出は、オリジナルでもアソシエート・ディレクターを務めたデイブ・ソロモン。映画からミュージカルへのアダプテーションが、それは見事なのである。その上、主役の山崎育三郎を始めとする日本版キャストが全員、当て書きされたかのようにハマっていてうまい。聞けば、山崎を含むキャストすべてがオーディションによって選ばれているんだそう。これも成功の大きな要因だと思う。

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ストーリーや設定は、大筋では映画と同じ。ただし時代を踏まえてアップデートされ、ミュージカルでの表現にふさわしい改編が適切に施されている。大きな変更は、ドロシーがオーディションで役を掴むのがテレビの病院ものソーブオペラ(昼メロ)ではなく、「ロミオとジュリエット」をもとにしたミュージカルだということ。舞台はテレビ界ではなくブロードウェイだ。必然として思いっきりミュージカルらしい王道ミュージカルな構成になっており、それが楽しくてしかたない。

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ドロシーが掴んだのはジュリエットの乳母役だが、稽古を重ねるうちにアイディアが次々と採用され、ついにタイトルは「ジュリエットの乳母」に。前半の大ナンバーが、劇中の乳母が歌う「裏切らない」。「裏切らない、信頼に応えるわ、どんな役でも演じてみせる」と乳母がジュリエットへの思いを歌うのだが、これがマイケル/ドロシーの心情でもあり、さらには山崎の決意宣言までもが重なって聞こえてくるというわけだ。

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シーンの洗練されたムードづくりに、セットや場面のチェンジにと、若く実力あるアンサンブルキャストたちを大活躍させているのもいいし、音楽がすぐに覚えられるほどキャッチーだから、リプライズでは脳内で一緒に歌えるのが楽しい。音楽と感情たっぷりな歌詞に喜怒哀楽を呼び覚まされ、ストーリーと登場人物に没入、高揚感でいっぱいになる。これこそミュージカルの醍醐味だ。その醍醐味がこれでもか、というくらい詰まっているのである。

1幕ラストの大ナンバー「止められない」もすごい。前半はマイケルで歌い、アンサンブルのパフォーマンスで間奏を繫いだ後、あっという間にドロシーとして登場、熱唱! ここでも歌詞がダブル、トリプルの意味をはらんでワクワクドキドキを生み出し、客席にあふれる高揚感、トキメキをもう止められない!

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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