ミル・マスカラス(Mil Máscaras、1942年7月15日 - )は、メキシコの覆面レスラーである。
スカイ・ハイ、仮面貴族などのニックネームを持つ。以前はプロレス雑誌が本名を記載していた時期もあるが、現在では本名がアレン・ロドリゲス(Aaron Rodríguez)であることは公然の秘密である。入場テーマ曲はジグソーの『スカイ・ハイ』。
来歴
メキシコのルチャリブレを代表するルチャドールの一人、そして世界で最も著名な覆面レスラーの一人として、華麗な空中殺法で人気を博した。来日回数は数え切れない。アメリカンマットで活躍していた時期もあり、マディソン・スクエア・ガーデンの「覆面レスラーはマスクを脱いで素顔で出場しなければならない」という理不尽な決まりを破って初めて覆面を被ったままに登場した人物である。ニューヨークのWWEには1970年代から1990年代にかけて不定期に単発参戦し、1978年には当時のWWWF王者スーパースター・ビリー・グラハムにも挑戦。1984年にスタートしたビンス・マクマホン・ジュニアの全米侵攻サーキットにも、主に中西部地区のビッグイベント限定で出場した。1997年にはメキシカン人口の多いテキサス州サンアントニオで行われたロイヤルランブルにも出場している。
試合毎にマスクを変えることから“千の顔を持つ男”と呼ばれた。リングネームはスペイン語で「千の仮面(マスク)」という意味である。そのことから、日本で試合に出場した時には複数枚のマスクを用意して、リング入場やリングアナウンサーによる選手名紹介後、上に被っていたマスクをはがした上で、別のマスクを登場させるというパフォーマンスを行ったことがある。
得意技はダイビングボディアタック、フライングクロスチョップ。なお、空中殺法ばかりが注目されがちであるが、レスリングの基礎もしっかりしたものを持っている選手である。
さらには、日本のマットで本格的に入場曲を使用したレスラーでもある。曲名はジグソーのヒット曲『sky high』(この曲はマスカラスの入場テーマとなった後、多数の番組でBGMとして使用され(特にスカイダイビングなどやバンジージャンプなど空中高く飛び上がるシーンに使用されることが多い)、タイトルは知らずとも聞いたことのあるという人はプロレスファンならずとも多い)。
得意技であるフライングボディアタックは、その入場曲と空高く飛ぶ当時としては珍しい戦法から「スカイハイ!」と叫ばれていた。
実弟に同じくプロレスラーのドス・カラス、エル・シコデリコ(サイコデリコ)がおり、兄弟での来日も多い。初来日は1971年2月、日本プロレス。1970年代後半から1980年代前半にかけて、ドスカラスとの兄弟コンビでの来日は全日本プロレスの「夏の風物詩」だった。日本マットではアントニオ猪木、ジャンボ鶴田、ザ・デストロイヤーらと名勝負を演じた。1977年8月に鶴田のUNヘビー級王座に挑戦した試合ではプロレス大賞の年間最高試合賞を受賞している。1980年9月12日には、全日本のリングでハーリー・レイスのNWA世界ヘビー級王座に挑戦している。なお、意外にもジャイアント馬場とのシングル・マッチは一度も実現していない(馬場自身はマスカラスのことをレスラーとして、あまり好きでは無かったとも言われている。自伝で彼と戦うことは「振袖姿のお嬢さんに喧嘩を売られているようなもの」と語っている。)。マスカラス初来日の際に、馬場のインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦する機会があったが、馬場がマスカラスをあまり買っていなかったことからスパイロス・アリオンに挑戦権を奪われている。1986年1月の来日を最後にいったん全日本への登場が途絶えていたが、2000年に三沢光晴らの大量離脱が起こった後に関係が復活した。2006年9月には大阪プロレスへ参戦し、64歳は思えぬ肉体美で空中技や関節技を披露した。2009年3月の「仮面貴族FIESTA2009〜ミル・マスカラス華麗ナルゴールデンタイム伝説〜」で2年半ぶりに来日し、初代タイガーマスクとタッグを組んで藤波辰爾&グラン浜田と対戦。67歳ながらも空中技は健在で「日本は大好き、呼んでくれればいつでも来ます」とコメントを残した。
アメリカ、日本に頻繁に参戦していたが、インタビューの中で一度としてメキシコから住居を移したことはないと語っている。
リング上ではエゴイストとして知られ、タッグパートナーから嫌われていたのも事実である。
リングに入場する際、マスクの上に別のマスクを更に被り(オーバーマスク)、そのオーバーマスクを投げファンにプレゼントするパフォーマンスが人気を集めた。また、別のマスクを被る時は顔を隠しながらアゴのあたりからスルッと(2枚のマスクで頭を包むようにして)被り直す特技もあり、絶対に素顔を晒さなかった。覆面レスラーとしてあまりにも有名であるため、パスポートもマスカラスで支給されており(マスクをかぶった写真が貼ってある)、覆面姿のまま来日・入管を通過するという噂も存在する。当時のアントニオ猪木いわく「素顔を見たがかなりの美男子」との事。大仁田厚が若手の頃、シャワー中に大仁田が勝手にマスカラスのマスクをかぶったのを見て、怒ったというエピソードがある。
甥のドス・カラス・ジュニアとエル・シコデリコ・ジュニア(サイコデリコ・ジュニア)は共にプロレスラーとなっている。ドス・カラス・ジュニアの総合格闘技参戦に関しては、「バーリ・トゥード(=総合格闘技)は犬の喧嘩」と否定的であるが、「若い人はいろいろと経験するのも良いこと」だと一定の理解を示している。ちなみにマスカラス自身についても、ローラン・ボックやスタン・ハンセンとのシュートめいた逸話が語られている。因みに週刊プレイボーイの『人生相談』にも参加したことがあるが、『グレイシー柔術』を問われて「なんだ?それは?」と無関心だったと言う。
なお、マスカラス自身にも成人の息子が存在していると言われているが、今の所、プロレスラーになると言う話は聞かれていない。
また、これまで20本以上の映画(ルチャシネマ)に出演するなど、メキシコでは英雄として知られている。日本では『愛と宿命のルチャ』がBOX東中野で公開され、TBSの深夜映画枠で『ミル・マスカラスの幻の美女とチャンピオン』が放映されたことがある。また、2007年には久々に主演作品Mil Mascaras Versus The Aztec Mummy(ミル・マスカラス対アステカのミイラ)が製作・公開され、各映画評からも好評を得た。同作品の公式ウェブサイトはhttp://mmvsam.com/(英語)である。
得意技
- フライング・クロスチョップ(フライング・クロス・アタック)
- ダイビングボディアタック
- ドロップキック
- プランチャ
- サーフボードストレッチ
- メキシカンストレッチ
- ロメロ・スペシャル
- ヘッドシザース・ホイップ
獲得タイトル
- WWA
- WWAヘビー級王座 : 1回
- ALLL
- ALLLヘビー級王座 : 1回
- WCCA
- WCCWタッグ王座 : 1回(w / ジェフ・ジャレット) ※ダラスのフリッツ・フォン・エリックの団体のタイトル
- HWP
- HWPアメリカ王座 : 1回
- IWA
- IWA世界ヘビー級王座 : 1回(アメリカの独立団体のタイトルだったが、IWA崩壊後も長期間防衛戦を続けていたマスカラスの虎の子のタイトルである。日本で天龍源一郎、マイティ井上らの挑戦を受けたことがある。なおラッシャー木村らの保持していた同名のタイトルとは別物)
- NWA
- NWAアメリカスヘビー級王座 : 4回
- NWAアメリカスタッグ王座 : 3回(w / アルフォンソ・ダンス、レイ・メンドーサ、ホセ・ロザリオ)
- NWAテキサスタッグ王座 : 1回(w / ホセ・ロザリオ)
- その他
- PWF・USヘビー級王座 : 1回(日本でザ・デストロイヤーから奪取)
- メキシコナショナルライトヘビー級王座 : 2回
関連項目
- プロレス
- ルチャリブレ
- ドス・カラス
- エル・シコデリコ
- エル・カネック
- メキシコシティ
- 竹内宏介(雑誌ゴングの編集長として来日前のマスカラスを強力にプッシュ、人気を盛り上げた)
- 鳥人間コンテスト選手権大会(よみうりテレビ制作・日本テレビ系列) - 「スカイ・ハイ」はこの番組のテーマ曲としてもお馴染み。
- 落第忍者乱太郎(作中に、ミル・マスカラスおよびドス・カラスをモデルとしたキャラクターが登場する)
- スカイマン(漫画「キン肉マン」に登場するキャラクターでミル・マスカラスをモデルにしていると言われている)
- 忍空 〜SECOND STAGE 干支忍編〜(作中に、ミル・マスカラスおよびドス・カラスのマスクの模様をモチーフとしたキャラクターが登場する)
外部リンク
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