滝沢修 : ウィキペディア(Wikipedia)

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滝沢修 の Wikipedia

滝沢 修(たきざわ おさむ、本名:滝沢 脩、1906年11月13日 - 2000年6月22日)は、日本の俳優、演出家。

来歴・人物

東京府(現在の東京都)東京市・牛込に銀行家の三男として生まれ、開成中学卒業後、1925年築地小劇場に入り小山内薫の指導を受ける。1929年、左翼劇場に加わるが激しい国家弾圧を受け、1934年に結成された新協劇団に参加する。その第1回公演『夜明け前』での重厚な演技で注目される。1940年に治安維持法違反容疑で逮捕され、1年4ヶ月の投獄生活を経験している。

1947年に宇野重吉らと「民衆芸術劇場(現在の劇団民藝)」を結成し、1950年からは同劇団代表となる。1988年に宇野が他界すると演出も手がける。新劇の神様と称され、『あるセールスマンの死』『炎の人』『ベニスの商人』は名演の誉れが高い。映画やテレビという映像でも、日本のエスタブリッシュメントの理想像ともいうべき、奥行きある豊麗なパフォーマンスを残した。著書に「俳優の創造」がある。

生涯の当たり役となった画家ゴッホ役も舞台で親しまれ、ライフワークとなる。『ゴッホ/炎の人』の公演は83歳を数えるまで続けられた。2000年6月22日午前11時51分、肺炎のため死去。93歳の大往生だった。

1977年に紫綬褒章、1986年に勲三等瑞宝章を受章した。その技量、文化的功績がありながら、他の分野の俳優がこれ以上の栄典を得ていることをみると、滝沢の経歴に対する政治的判断がこうした叙勲にとどめたという見方もある。

気さくで軽妙な性格の宇野に対して、完璧主義・気難しい性格の滝沢と称されたが、演劇に対する真摯な姿勢は山田五十鈴米倉斉加年ら多くの俳優を育てる。市村正親ら多くの俳優が滝沢の演技に影響を受け俳優を志した。

毎日新聞社のジャーナリストで熊本大学教授だった息子の滝沢荘一著『名優・滝沢修と激動昭和』(新風舎文庫 2004年)が出版されている。

代表作

舞台

  • かもめ 
  • あるセールスマンの死
  • 炎の人
  • アンネの日記
  • ベニスの商人

映画

  • 綴方教室(1938年)
  • 安城家の舞踏会(1947年)
  • 王将(1948年)
  • 長崎の鐘(1950年)
  • 原爆の子(1952年)
  • 山びこ学校(1952年)
  • 忠臣蔵 花の巻・雪の巻(1954年・吉良義央役)
  • 六人の暗殺者(1955年・坂本竜馬役)
  • 釈迦(1961年)
  • 霧の旗(1965年)
  • 徳川家康(1965年・語り手)
  • 白い巨塔(1966年・船尾教授役)
  • 黒部の太陽(1968年・関西電力社長太田垣士郎役)
  • 座頭市と用心棒(1970年)
  • 戦争と人間三部作(1970~1973年)
  • 華麗なる一族(1974年)
  • 皇帝のいない八月(1978年)総理大臣役
  • 天平の甍(1980年)
  • さくら隊散る(1988年)

テレビ

  • 赤穂浪士(NHK大河ドラマ・1963年・吉良上野介役)
  • 源義経(NHK大河ドラマ・1966年・藤原秀衡役)
  • 三姉妹(NHK大河ドラマ・1967年・風の新兵衛役)
  • 竜馬がゆく(NHK大河ドラマ・1968年・ナレーター)
  • 天と地と(NHK大河ドラマ・1969年・長尾為景役)
  • 新・平家物語(NHK大河ドラマ・1972年・後白河法皇役)
  • ふりむくな鶴吉 第38話「その父その子」(NHK・1975年)
  • 落日燃ゆ(広田弘毅役・1976年・テレビ朝日・制作テレビマンユニオン)
  • 木曜ゴールデンドラマ 「ガン回廊の朝」(YTV・1980年)
  • 棲息分布
  • 忠臣蔵'91(毎日放送・1991年・ナレーター)

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2009/11/03 07:12 UTC (変更履歴
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