加藤清一 : ウィキペディア(Wikipedia)

加藤 清一(かとう せいいち、1920年代 - )は、日本の俳優である加藤清一 (加藤精一と混同)、日本映画データベース、2013年2月3日閲覧。加藤清一加藤精一、日本映画情報システム、文化庁、2013年2月3日閲覧。加藤清一、KINENOTE, 2013年2月3日閲覧。加藤清一、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年2月3日閲覧。。本名及び旧芸名加藤 精一菅原秀雄青木富夫横山準、末松孝行、葉山正雄とともに同時代の「松竹蒲田の名子役」と謳われたキネマ旬報社[1979], p.472.。

人物・来歴

生年・生地等、不明である。いわゆる「松竹蒲田の名子役」たちと同世代である。

記録に残るもっとも早い時期の出演は、1929年(昭和4年)、阪東妻三郎プロダクション太秦撮影所が製作した『赤城颪』(監督犬塚稔)であり、同作において志賀靖郎が演じた国定忠治の息子・勘太郎を演じ、同作が松竹キネマの配給により同年2月15日に公開され、同年7月19日に公開された松竹蒲田撮影所製作の『壱〇〇、〇〇〇、〇〇〇円』(監督斎藤寅次郎)では、小倉繁が演じた「国定忠治の幽霊」の息子「勘太郎の幽霊」を演じている。以降、同撮影所で、小津安二郎監督の『会社員生活』(1929年)、『大人の見る絵本 生れてはみたけれど』(1932年)、『出来ごころ』(1933年)、『母を恋はずや』(1934年)、成瀬巳喜男監督の『腰弁頑張れ』(1931年)、『浮気は汽車に乗って』(同)等に子役として出演した。1935年(昭和10年)5月24日に公開されたトーキー『輝け少年日本』(監督佐々木恒次郎・佐々木康)では主演している。

同撮影所が機能移転した先の松竹大船撮影所では、やがてハイティーンになり、1940年(昭和15年)11月29日に公開された『西住戦車長伝』(監督吉村公三郎)に、同じ蒲田の子役であり、『腰弁頑張れ』で共演した飯島善太郎らとともに若年の兵隊役で出演している。1943年(昭和18年)9月10日に公開された『愛機南へ飛ぶ』(監督佐々木康)や同年10月28日に公開された『秘話ノルマントン号事件 仮面の舞踏』(監督佐々木啓祐)、あるいは1944年(昭和19年)3月23日に公開された『不沈艦撃沈』(監督マキノ正博)では、同じ蒲田の子役であった葉山正雄らとともに出演している。第二次世界大戦終結後も、ひきつづき、同撮影所で脇役を務めたが、30代となった1953年(昭和28年)以降の出演記録は見当たらない。その後の消息も不明である。存命であれば、100歳近い高齢である。

フィルモグラフィ

すべてクレジットは「出演」である。公開日の右側には役名、および東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)、マツダ映画社所蔵等の上映用プリントの現存状況についても記す主な所蔵リスト 劇映画 邦画篇、マツダ映画社、2013年2月3日閲覧。。同センター等に所蔵されていないものは、とくに1940年代以前の作品についてはほぼ現存しないフィルムである。

松竹蒲田撮影所

特筆以外すべて製作は「松竹蒲田撮影所」、特筆以外すべて配給は「松竹キネマ」、特筆以外すべてサイレント映画、特筆以外すべて「加藤精一」名義である。

  • 『赤城颪』 : 監督犬塚稔、製作阪東妻三郎プロダクション太秦撮影所、配給松竹キネマ、1929年2月15日公開 - 勘太郎
  • 『壱〇〇、〇〇〇、〇〇〇円』(『モダン怪談 100,000,000円』) : 監督斎藤寅次郎、1929年7月19日公開 - 勘太郎の幽霊、16分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『会社員生活』 : 監督小津安二郎、1929年10月25日公開 - 次男
  • 『腰弁頑張れ』 : 監督成瀬巳喜男、1931年8月8日公開 - 息子・進、38分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『浮気は汽車に乗って』 : 監督成瀬巳喜男、1931年8月15日公開 - 弟
  • 『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』 : 監督小津安二郎、1932年6月3日公開 - 子供、90分尺で現存(松竹DVD発売・NFC所蔵)
  • 『海の王者』 : 監督清水宏、サウンド版、1932年6月17日公開 - 太郎
  • 『与太者と海水浴』(『與太者の感激 與太者と海水浴』) : 監督野村浩将、1933年8月17日公開 - 阿部三吉(「加藤清一」名義)、30分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『出来ごころ』 : 監督小津安二郎、1933年9月7日公開 - 役名不明、101分尺で現存(松竹DVD発売秋刀魚の味+サイレント映画/出來ごころ、国立国会図書館、2013年2月3日閲覧。・マツダ映画社所蔵)
  • 『母を恋はずや』 : 監督小津安二郎、1934年5月11日公開 - 貞夫の少年時代、72分尺で現存(松竹所蔵・DVD発売秋日和+サイレント映画/母を恋はずや、国立国会図書館、2013年2月3日閲覧。)
  • 『都会の感傷』 : 監督勝浦仙太郎、1934年10月11日公開 - お葉の弟
  • 『母の愛 苦闘篇 愛児篇』 : 監督池田義信、サウンド版、1935年1月31日公開
  • 『東京の英雄』 : 監督清水宏、サウンド版、1935年3月7日公開 - 町の子供、64分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『輝け少年日本』 : 監督佐々木恒次郎・佐々木康、トーキー、1935年5月24日公開 - 昭ちゃん(主演
  • 『悲恋華』 : 監督佐々木康、サウンド版、1936年1月10日公開 - 少年時代 靜男(「加藤清一」名義)、88分尺で現存(NFC所蔵)

松竹大船撮影所

特筆以外すべて製作は「松竹大船撮影所」、特筆以外すべて配給は「松竹キネマ」あるいは「松竹」、すべてトーキー、特筆以外すべて「加藤清一」名義である。

  • 『一人息子』 : 監督小津安二郎、1936年9月15日公開 - 近所の子(「加藤精一」名義)、82分尺で現存(松竹DVD発売・NFC所蔵)
  • 『西住戦車長伝』 : 監督吉村公三郎、1940年11月29日公開 - 木村二等兵(村井二等兵)、126分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『間諜未だ死せず』 : 監督吉村公三郎、配給映画配給社、1942年4月23日公開 - 役名不明、117分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『愛機南へ飛ぶ』 : 監督佐々木康、配給映画配給社、1943年9月10日公開 - 馬場真太郎
  • 『秘話ノルマントン号事件 仮面の舞踏』 : 監督佐々木啓祐、製作松竹下加茂撮影所、配給映画配給社、1943年10月28日公開
  • 『海軍』 : 監督田坂具隆、製作松竹太秦撮影所、配給映画配給社、1943年12月8日公開 - 熊沢
  • 『不沈艦撃沈』 : 監督マキノ正博、配給映画配給社、1944年3月23日公開 - 役名不明、93分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『そよかぜ』 : 監督佐々木康、1945年10月11日公開 - 三平、60分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『安城家の舞踏会』 : 監督吉村公三郎、1947年9月27日公開 - 役名不明、89分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『シミキンのオオ! 市民諸君』(『シミ金のオオ! 市民諸君』) : 監督川島雄三、1948年11月16日公開 - アナウンサー、69分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『社長と女店員』 : 監督大庭秀雄、1948年12月20日公開 - 黒川家秘書
  • 『お嬢さん乾杯!』 : 監督木下恵介、1949年3月9日公開 - 交通巡査(「加藤精一」名義)、89分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『伊豆の艶歌師』 : 監督西河克巳、1952年4月10日公開 - 役名不明(「加藤精一」名義)、44分尺で現存(NFC所蔵)
  • 『その夜の妻』 : 監督池田浩郎、1952年4月18日公開 - 駅員
  • 『二つの花』 : 監督大庭秀雄、1952年4月24日公開 - 役名不明(「加藤精一」名義)、93分尺で現存(NFC所蔵)

参考文献

  • 『日本映画俳優全集・男優編』、キネマ旬報社、1979年10月23日
  • 『芸能人物事典 明治大正昭和』、日外アソシエーツ、1998年11月 ISBN 4816915133

関連項目

外部リンク

  • (加藤精一と混同)
  • 加藤清一加藤精一(混同あり) - 日本映画情報システム (文化庁)
  • 加藤清一 - 映連データベース (日本映画製作者連盟)
  • 加藤清一加藤精一 - 東京国立近代美術館フィルムセンター
  • (加藤清一と混同)

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2023/10/28 13:04 UTC (変更履歴
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