【映画プロデューサー・北島直明を知ってるか!? 第5回】「町田くんの世界」で取り入れたメディアトレーニング

2019年6月7日 12:00


北島直明プロデューサー(中央)と 細田佳央太、関水渚
北島直明プロデューサー(中央)と 細田佳央太、関水渚

[映画.com ニュース] 興行収入50億円を突破した「キングダム」のプロデューサーである北島直明氏に密着する不定期連載の第5回。今回は、最新作「町田くんの世界」(石井裕也監督)の主演に大抜てきされた俳優・細田佳央太、女優・関水渚をゲストに迎え、起用に至った経緯から“縁”を深めていった過程にいたるまでを語り尽くしてもらいます。

過去の本連載でも触れているが、「北島ノート」なるものが存在する。これは、北島氏が作品ごとにオーディションノートを作成し、オーディションで顔を合わせた全ての役者の名前が書き込まれている。筆者も見せてもらったことがあるが、とにかく細かい。その作品に出演することがかなわなかった役者の欄には、いつ担当マネージャーに会っても即座に伝えられるように、敗因の理由やストロングポイント、ウィークポイントを書き連ねている。今作でも同様で、ヒロインに抜てきされた関水の欄には当初「×」がつけられていたが、その後「○」に書き換えられている。ふたりの起用理由を聞いてみた。

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北島氏「佳央太は当時高校1年生で、当然ながら彼の前には役者の道以外に、進学という道も用意されていた。自分の未来を選ぶという事は、普通の高校生だって難しいタイミングですよ。高校生をオーディションするとき、そこはすごく気にします。進学の希望を持ちながら、この仕事を続けていきたいと思う役者には、試験期間中はなるべく休みをとってあげるとか。高校生の役者を選ぶというのは、そういうことまで考える必要があると思うんです。そんななか、石井監督は『この人は映画に身を捧げることができる、一生役者というものに尽くすことができる』と思ったわけです。実際に、それくらい作品に身を捧げてくれましたし、きっと役者としてこれからも生きていける人だと思います。渚に関しては、何か“持って”いるんです。これまでの作品で、書類も含めると4000人近い人たちを見てきたのですが、オーディションの場で発揮した力以上のプラスアルファを持っている役者にまたに出会うんです。それは、理屈では説明できないんですけど……。彼女は最初のオーディションで急に泣き出したんです。石井監督に会えた感動と緊張が入り混じって泣いてしまったようなんですが、もしも彼女が何も持っていない人なのであれば、泣きながら自己紹介した瞬間に落としているはずなんです。なぜなら、その場に100%で挑めていないわけですから。ところが、何か引っかかるものがあったんです。だから、一度落ち着いてもらって、改めてオーディションを受けてもらった。なんとか今日やれる最大限の芝居を彼女ができるまで待ってあげようと我々に思わせた時点で、決まっていたのかなと思います」

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北島ノートの存在を初めて知った細田と関水は目を丸くし、思わず感嘆の声を漏らした。そして、「町田くんの世界」が自らにもたらしたものがどれほど大きなものであるかを話し出した。

細田「僕は、改めてこれからも役者を続けていきたいという大きな芯みたいなものが固まりました。今まではオーディションに落ち続けてきたので不安で、やめようかなと思ったこともありました。でも、この映画の撮影を通して芝居の楽しさ、難しさを初めて知ることができた。これからも役者としてやっていきたい。その覚悟がもらえました」

関水「一生懸命にやることって楽しいな、お芝居ってすごく楽しいなと感じさせていただきました。お芝居に関しては全くわからない状態だったので、監督はもちろん先輩方からたくさんのことを学ばせていただきました」

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また、今回の起用は本人たちだけではなく、担当マネージャーの役者に対する姿勢も重要視した。北島氏と石井監督は、オーディションに際して「履歴書」の提出を求めた。それも、おざなりなものではなく、どれほどの思いをもってこの作品に臨もうとしているのか、自分が担当する役者をどう売り出したいのか、当人たちは何を考えているのかなど、就職活動時のエントリーシートを彷彿とさせるものだった。

北島氏「ふたりの履歴書、まだありますよ。佳央太のマネージャーさんは、『今の彼はこういう努力をしている、芝居に対してこう考えている』みたいなことを熱く書いてくれていたんです。渚のマネージャーさんも、渚のことをすごくちゃんと見ていると感じさせられましたし、原作をちゃんと読んで事前に話し合っていることも伝わりました。一番見たかったのは、そこです。役者本人がやる気を出すのは当然ですよ。むしろ、役者をマネージメントする側がどれほど理解し、考えているかが大事だと思ったんです。だって、数億円のお金をかけて作っているんですから、新人を起用するのは結構な勇気ですよ。だからこそ本人だけでなく、マネージャーさんの覚悟もオーディションで見たかったんです」

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さらに、取材を受けることがほとんどなかったふたりに対し、北島氏はメディアトレーニングを実施。これは、報道陣や公の前で発言する機会のある人を対象に、メディア対応のスキルを習得するための研修プログラムのことで、ハリウッドでは新人や若手が受けることは珍しいことではない。筆者は「スター・ウォーズ フォースの覚醒」に大抜てきされた女優デイジー・リドリーのメディアトレーニング前と後にインタビューを敢行しているが、立ち居振る舞いも含めて別人のような落ち着きを得ていたことを目にしている。日本では新人俳優のためのトレーニングが明確な意図をもって行われる機会は皆無ではないが、異例中の異例といっていい。北島氏も、この重要性を再認識している。

「アメリカの映画業界がやっているように、日本でもメディアトレーニングってやらなくちゃいけないことだと思っています。佳央太と渚を見て、『町田くん』の共演陣は『なんでそんなに上手くしゃべれるの?』と驚いていて、みんな、自分たちはやってもらったことがない、今からでもやりたいと言っています。これまで、色々な取材の場に立ち合わせてもらいましたが、記者によって質問内容も異なるし、自分の考えを正確に伝えられずに役者がヤキモキしてしまう姿を何度も目の当たりにしました。また今って、誰でも無責任に発言できる場が増えて居るから、役者の発言が変なふうに受け取られて、傷つけられてしまわないように注意しなければなりません。とはいえ、僕らは親でもないし先生でもない。彼らの人生を一生見続けることができる立場でもない。それでも、少なくとも僕の責任下にいるあいだは、絶対に守らないといけないと思い、メディアトレーニングを行ったんです」

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多感な世代の役者を預かる責任を隠そうとしない熱きプロデューサーだが、誰にでもあるように右も左も分からない時代もあった。北島氏にとって映画業界で最初のキャリアは、アシスタントプロデューサーとして参加した「桐島、部活やめるってよ」(2012)。この現場での濃密な時間が、「ちはやふる」を世に放ち、「町田くんの世界」へと繋がっているのは間違いない。

「『桐島』のときは初めての現場で、スタッフに怒られてばかりでした。制作部と演出部の違いすらわかっていませんでしたから。そんな僕の目に入ってきたのは、懸命な役者たちの姿でした。自分よりも若いのにすごいと思った。『ここで頑張らずして、いつ頑張る?』みたいなものを感じた。本当に、あの現場がなかったら『町田くん』どころか他の作品も生まれていないかもしれませんね。あれが起点で良かった。だから今も、いつでも手を抜かずに頑張るよう心がけているし、ひとりでも多くの若い役者に活躍の場を作ってあげたいと思っています」

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真摯な眼差(まなざ)しを注ぎながら語る北島氏を、細田と関水は瞬きするのを忘れるほど強く見据える。

細田「ちょっとグッとくる部分がありますね……。親以外で、ここまで自分のことを考えてもらえることってありませんでした。ありがとうございますとしか言えない。自分たちのことを考えて、いろいろやってくださった。感謝しかないです」

関水「北島さんがわたしに役をくださらなければ、もしかしたら誰も引き上げてくれなかったかもしれないと思います。これまで、オーディションに受かったことがなかったので。命の恩人というか、私をこの世界に残してくださった方です」

ふたりの謝意に対し、照れ笑いを浮かべる北島氏だが、その矛先は石井監督へと向かう。

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「監督あっての現場。僕がやれることなんて実際は微々たるものです。僕は役者としてのスキルみたいなものは何ひとつ教えられないし、教える立場にない。相談に乗ってあげることはできますが、役者としてどうあるべきかは監督しか教えられない。演出家でもない人間が芝居に対して口を出すなんて、おこがましいですよ。頑張ったのはあなたたちの力だし、石井監督が一生懸命にふたりと向き合ってくれたから。役者として感謝を伝えるべきは、毎日現場にいた石井監督ですよ」。

こともなげに言い放ち「でも5年後、10年後、俺の仕事を断らないでくれよ」と顔をくしゃくしゃにして笑う。北島直明とは、そういう男である。

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