是枝裕和監督、作品最優先で捨てたプライド 西川美和&砂田麻美の果たした功績

2015年7月5日 10:00


「海街diary」撮影現場での是枝裕和監督
「海街diary」撮影現場での是枝裕和監督

[映画.com ニュース] 是枝裕和監督の最新作で第68回カンヌ映画祭コンペティション部門に選出された「海街diary」が、6月13日に全国323スクリーンで封切られ、息の長い興行を展開している。長編劇映画の監督作10本目となる今作の撮影現場は、是枝組が長い年月をかけて育んできた「意見を伝え合う」ことを貫きながらも、主人公の4姉妹を演じた綾瀬はるか長澤まさみ夏帆広瀬すずが「本当に穏やかな現場」と口をそろえ、驚きを禁じえないものとなった。

是枝組の現場の雰囲気を端的に言い表したのは、4姉妹の次女・佳乃を演じた長澤だ。「奇跡」に続き2度目の是枝作品となったが、「是枝さんの現場にいる人たちは、そこにいることにすごく幸せを感じているように思いました。この日々が永遠に続けばいいのにって思っている人しかいない現場だから、映画の中に日々があるように、日々の生活が是枝組にもある。そういうことが、既にかけがえのない時間になっていたように思いますね」と筆者に語っている。

海街diary」の撮影が行われた昨年夏のある日、かつて是枝組で監督助手を務めていた砂田麻美監督(「エンディングノート」「夢と狂気の王国」)の姿があった。是枝監督を表敬訪問してのものだったが、梅酒をひと口飲んで酔いつぶれた四女・すずを姉たちが介抱するシーンで、もの申した。砂田監督の意見を助監督から伝え聞いた是枝監督は、即座に脚本を書き換えた。

「そうでしたね、あそこはセリフを変えたんだ。いいアドバイスでしたね」と是枝監督は穏やかに笑う。しかし、言うは易く行うは難し。現場のいちスタッフが、ましてや今作のスタッフではない砂田監督が、脚本・編集を兼ねる監督に意見することは容易なことではない。だが是枝組のスタッフは一様に、「監督は僕らの話を聞いてくださるから、思ったことはちゃんと伝えさせて頂いているんです」と満面の笑みで明かす。

是枝監督は、「僕も助監督をテレビドラマで何本かやりましたが、意見を言えるような現場ではなかったんですよ。怒られると、怒られないようにしようとしか考えなくなりますよね。なるべく本質的な部分に関わらないようにしようとしちゃうのは、作品にとってはプラスにならない」と語る。大きな転換期となったのは、ARATA井浦新)主演作「ワンダフルライフ」(1999)で西川美和監督(「ゆれる」「ディア・ドクター」)が助監督として是枝組に加わってからだ。

「取材ディレクター6人くらいに、『あなたがもしお亡くなりになって、ひとつだけ思い出を天国に持って行けるとしたら、どんな思い出を持って行きますか?』という質問をもって街へ出てもらい、毎週土曜日にVTRを持ち寄って、自分が見つけてきた人たちをプレゼンしてもらったんです。経験のあるディレクターたちから、『監督がどういうおばあちゃんがいいのかを言ってください』と言われてね。それだったら僕が探しに行けばいいわけだから、『僕の好みで決めるよりも君たちがいいと思った人をプレゼンしてください』というやり方をしたら、西川が上手だったんです。助監督経験がないからこそ、自分で『こういう人がいい!』と選んで、プレゼンしてきた。ああ、この方が絶対に映画が豊かになると思ったんですよね。このやり方を普通の映画作りの現場で監督助手とできれば、僕が頭の中で作り上げるものよりもっと面白いものになると考えました」。

そして、砂田監督も「歩いても 歩いても」(08)から是枝組に参加する。「映画の現場って、助監督は先に進めていく役割を担っているから、『監督、ここはこの方がいいんじゃないですか?』という意見を、前へ進むスピードを遅くしてまで言う習慣はない。それはそれで、プロフェッショナルとして分からなくはないなと。前へ進めるアクセルの人と、ブレーキの人を分けることにしよう…ということで、『歩いても 歩いても』からブレーキ側に砂田を入れたんです」。

前述の通り、砂田監督は感じたことは自分の言葉で伝えるという役割を、当時からまっとうした。「砂田が僕のそばに寄ると、全スタッフが『あいつは今、何を言おうとしているんだ? せっかく準備しているのに、監督が“いいね、そうしよう”と言ったら、この準備が無駄になるぞ』というプレッシャーをかけるんだけど、彼女はタフだから一切関係なく『昨日撮ったあのシーンですが、こういう方が良かったんじゃないでしょうか?』と翌日になって平気で言うんですよ(笑)。さすがに僕も『昨日思ったんだったら昨日言えよ』と怒ったんだけど、良いことを言うわけですよ、悔しくなるくらい。それで昨日のところを捨てて撮り直そうかってなったことは何度もありましたよ。僕が『俺の現場なんだから俺が決める!』という妙なプライドさえ捨てれば、絶対に映画は良くなると思ったから、そこからは意識的にそうしています」。

どこまでも貪欲に、良い映画を世界中のファンに届けたい。この思いが是枝組の結束を強固なものとし、全スタッフが常にぶれることなく撮影に臨むことで、キャストたちにとって仕事に集中できる心地の良い現場へと結実していく。

「今では、いろんなスタッフが意見を言ってくれるようになりましたね。すごくいいですよ。助監督もこのやり方がなじんできたから、『ちょっと撮影が長くなりますが、こういうのはどうでしょう?』と言ってくれるようになったし、本当にとても良い関係ができあがりましたよ。砂田のおかげ……、いや、西川のおかげですね。砂田のおかげとは言いたくない(笑)」。

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