劇場公開日 2021年12月17日

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「脚本の魅力」偶然と想像 CBさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0脚本の魅力

2022年6月16日
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鑑賞方法:映画館

偶然から始まり想像の中で広がる "人と人の関わり合い" を描いた短編集。構成する三作はまったく独立していて相互の関係はない。

1 魔法(よりもっと不確か)

自分の同僚が自分の元カレと付き合いだしそうなことを知った女性の話。

「今日は不思議な時間を過ごしたね。特別なことだ。もし次に会ったとき、この魔法が解けてたら、と思うと怖いね」といった会話をしたと語る同僚。話を聞いた主人公は、同僚が降りたあとのタクシー運転手に「今来た道を引き返してもらっていいですか?」と言う。この象徴的なセリフ。この監督の映画は、みんな小説みたいだね。小説を、読んでいるのではなく観ている感じ。

そして本作は、俺にとってはとても怖い。こんな程度まで自分の感情に正直でそのまま出す異性とは、絶対に付き合えない。「怒っているとしたら、この運命に対してかな」「好きな人を傷つけることしかできなかった。欠陥品のような気持になった」「カズは、魔法よりもっと不確かなものを、それでも信じてみる気はある?」
監督、すごいと思う。きっと実際にこういう人もたくさんいるのだと思う。その心の中を想像できる点が、俺はすごいと思う。そして俺はそういう関係には全く耐えられない。お互いにオブラートをかけたような関係が自分が望むものだ。裸の心をそのままぶつけあう人生は俺には無理だ。

映画って感じのオープニング映像。やはり「外」を撮るとき、映画ってきれいだな。夕方の雰囲気、夜の雰囲気、いずれも光は当たり前だが、雰囲気とでも言うのだろうか。いい監督の作品を観ると、やっぱり映画っていいなあと思う。

そしてラスト映像もかっこいい。再開発中の渋谷、建築中のビル工事現場。思わずその写真を撮る主人公。なんて思わせぶりな映像なのだろう。

まったく共感できないが、映画としてはすごいな、と思わせる映画だった。「寝ても覚めても」の視聴後感に似てるかな。

2 扉は開けたままで

文学賞を受賞した教授に落第留年された恨みをもつ男子学生のセフレである主人公が、教授にハニートラップを仕掛ける話。

中盤を構成する長い長い教授と女性友達の会話。濱口監督の特徴の一つである「抑揚を抑え込んだ会話。脚本を棒読みするかのような会話」が続く中で、最初は「教授はハニートラップにかかるのだろうか」と下世話な興味で映画を観ている俺を、まったく違う世界に連れていく。言葉がほとばしる。
「言語化できない未決定の領域にいれるという才能です」、「行動原理がわからなくて怖かった面はあります」

「理由がなくても、ただ生きているだけで嫌われるということがあります」という共通点がみつかる。「社会の物差しに抵抗してください」「ひとりですることはとても辛いことです。でもだれかがそれをしなくては、いつまでもそれは起こりません」(なに書いてるかわからないかと思いますが、観たらきっと書きたくなっちゃう気持ちもわかってもらえるかも)

よく聞く「魂のふれあい」みたいな言葉。それを脚本上で、映画上で実現しているのだと感じる。

終盤のバス内でのシーンは、観ている時には復讐のはじまりを感じて「怖っ」と思ったが、こうやって書いてみると(教授と女性友達)新たな魂のつながりのはじまりだったのかもしれないな。

3 もう一度

Xeronというコンピューターウイルス被害によって世界中が大被害を受け、いまだに世界中のネットワークが遮断され、郵便と通信だけの世界に逆戻りしている現代で、高校の同窓会に出るために20年ぶりに仙台にやってきた女性と、もうひとりの女性が出会う話。

この話もすごい。まずこういうことがあるかもしれないなと思わせる力。半端ない。その上で、その偶然の出会い、お互いの相手に対する想像から生まれた友情というか愛情。その話を違和感なくみている俺。第1作じゃないけれど、この作品そのものが、短編3作それぞれが、俺にとっては魔法だよ!

「大切なことを話していない。あなたはいま幸せ?あなたがどう思っているかを聞いているの」 1作めでも書いたが、まっすぐな心を、まっすぐに伝えようとする登場人物たち。まっすぐだからこその緊張感が、溝口監督の映画の真骨頂なのだろうか。

「あの人の昔の彼女とのメールを読んだの。いい文書だった。「君が言ってくれたことが、今でも僕の背中を押してくれている」 何度も読んじゃった」
ああ、これこそ会話劇。観ている俺を引きずり込み、想像させる力。この映画を観たという偶然と、そこで出会った想像。
「あなたは他の誰かでいいかもしれないけれど、私は他の誰かじゃダメなの。そのことを言うべきだった。言うために来た。あなたにも穴があいているはず。それを埋めることはできないかもしれないけれど、私たちはその穴を通じてつながっているかもしれない。それを伝えに来たの」

こうした会話もまた、「抑揚を抑え込んだ会話。脚本を棒読みするかのような会話」だ。そしてだからこそなのか、スクリーンの中というか、どこか遠いところから俺の心の中に降り積もってくる。

ああ、俺は溝口監督の魔法にすっかりかかっているのだなあ。たしかにこの人、語り部だ。脚本で、無から有を生み出している。

溝口監督の映画のレビュー書くの、楽しい。「寝ても覚めても」「ドライブマイカー」そして本作。この後も、ちょっと楽しみだ。いつかはスカッとさせてくれる映画も観てみたい。

CB
琥珀糖さんのコメント
2022年12月13日

CBさん
コメント本当にありがとうございます。
美しい洒落た雰囲気の映像で、一見普通の会話が交わされるようで、
本当は怖い物語りですね。

CBさんは1話の古川琴音の女性が1番怖い。
ストレートに思った事を口に出す怖さ・・・を感じた。
(違ってたらごめんなさい)
古川琴音さんを見たとき16歳位の子供にみえたのですね。
子供が元カレだの、えーっと思っていたら26歳とか書いてあって
まずそこで驚きました。
彼女は元カレが親友の恋人になるのを阻止したかったんですね、きっと。
なんか私も思った事を口に出さないし、ワンテンポ置いて考えてから話すタイプです。まぁ私の処世術ですが、琴音さんの演じる女性は恋愛を勝ち負けとかゲーム感覚でしてそうで、やはり共感は持ち辛いタイプでした。
2話はともかく強烈で、メチャメチャ作為的なストーリーでしたね。
なのにスマートと言うか韓流ドラマのようなドロドロにはならない、
濱口監督一流の洗練された脚本、本当に魔法にかけられました。
ようやく観れてつかえがおりた感じです。
ますます次の作品が待ち遠しいですね。
「偶然」出会った作品に、読者が想像する・・・なるほど、そう言う風に言えますね。やはり世界観が広がる作品ですね。
ありがとうございました。

琥珀糖
琥珀糖さんのコメント
2022年12月13日

いつも暖かいコメントありがとうございます。
この映画、ようやく観ることが出来ました。
加入しているケーブルテレビの日本映画専門チャンネルで
放映されたのです。
とても繊細な映画でした。
上手く書けなかったし、どこまで理解したかも分かりません。
読んで頂けたら嬉しいです。

琥珀糖
琥珀糖さんのコメント
2022年7月11日

突然失礼いたします。琥珀糖と言います。

この映画を観たいと思っています。
CBさまのレビューを読み耽ってしまいました.
なにかDVDを購入しないと観れそうにありません。
CBさんの詳細なレビューを読ませていただき、ますます興味を惹かれました。
「ドライブ・マイ・カー」「寝ても覚めても」
濱口竜介監督の作品はとても深いですね。
(おじゃまいたしました)

琥珀糖