劇場公開日 2021年5月14日

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「認知の衰えを主観と客観の交錯により描く哀しき傑作」ファーザー 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5認知の衰えを主観と客観の交錯により描く哀しき傑作

2021年5月8日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

泣ける

悲しい

知的

認知症を患った主人公または主要人物を描く映画は珍しくないが、当人の意識の状態をどう表現するかという点において、本作は実に画期的で巧妙だ。「ファーザー」という題が端的に示すように、年老いた父アンソニー(アンソニー・ホプキンス)とその娘アン(オリビア・コールマン)の関係が物語の軸となる。父の認知症による言動を健常者であるアンの視点から客観的に描くならありきたりだが、観始めて早々にそうではないと気づく。アンやその夫や新しい介護人が途中から別人のように見えるし、今と昔を行き来しているようでもある(住居の内装や絵などの変化、アンとパートナーの状態の違いから)。

認知力と記憶力の衰えにより、家族など身近な人の顔も認識できなくなる、今日の日付や曜日といった時間感覚もあいまいになるといった症状は、多くの人が知る悲しい現実だ。フランス語の舞台劇「Le Pere」を書き、その英語版映画化である本作で監督デビューを果たしたフロリアン・ゼレールは、認知症患者の内なる混乱と不安を観客に体験させる狙いで視覚的なギミックを駆使した。健常者が見る夢の中でも、昔過ごした場所に戻っていたり、とっくに成人したわが子がまだ子供のままだったりということはよくあるが、アンソニーはまだらになった記憶で構築される夢と現実を境目なく行き来している状態であり、そんなアンソニーの主観世界と苦悩するアンの客観世界が混然一体となった映像を私たちは目にすることになる。ある種の精神疾患を観客に体感させるという点で、クリストファー・ノーラン監督が前向性健忘の主人公を描くため時間軸に逆行して構成した「メメント」に通じる創意工夫だと称えたい。

アンソニー・ホプキンスとオリビア・コールマンの名演は言うまでもないが、真に迫るがゆえに、老いと死を避けられない哀しみが一層深く胸に突き刺さる。

高森 郁哉