劇場公開日 2020年2月14日

  • 予告編を見る

「純文学を映画的表現で見事に昇華」影裏 マエダさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5純文学を映画的表現で見事に昇華

2020年2月15日
iPhoneアプリから投稿

1, 純文学の行間をどう表現するのか?
先に原作を既読していたので、本作の実写化にあたってどのような脚本構成にするのだろうと非常に気になっていた。
なぜなら原作は、綺麗なオチもなく、わかりやすい展開も少ない、独特の情景描写や人物描写、核心をあえて避ける心情表現や比喩や暗喩などによって人間の本質について迫る、文学でしか表現できない作品であったから。
しかし本作は見事に純文学を映画的表現に昇華していた。
本にはなかった描写とラストが非常に印象的。

3, ハマり役すぎる役者陣
昨今の役者には、「文学的雰囲気」を持つ俳優と「漫画的雰囲気」を持つ俳優がいると思う。
昨今の流行は後者の漫画的雰囲気を持つ俳優であるが、本作は前者「文学的雰囲気を持つ俳優」の魅力が存分に発揮されていた。
主演の綾野剛、松田龍平はどちらも文学的雰囲気を持っていると思う。
切長な目と心の陰りが垣間見えるミステリアスなポーカーフェイス、ひょろっと長い身体に淡々とした態度。
特に綾野剛の、溢れ出しそうな気持ちが喉の奥でつっかえて言葉にも表情にもできない、ギリギリのところで踏ん張っている主人公の表情は本当に、純文学の行間を見事に体現していた。
また、本作の松田龍平の「目」が凄まじかった。
彼の目の奥の底知れない深淵こそが、まさに「影裏」そのものであった!

ここから若干ネタバレ

本作は文学作品のため、象徴的なものが多かった。
一見よくわからないそれらの意味を知ることで、より作品への理解と深みが増すと思うので説明する。

綾野剛が大事に育てているジャスミン、仕送りの桃⇨
花言葉は優雅など。綾野剛が女性的な趣きがあることを説明している。

松田龍平が持ち寄るザクロ⇨
ギリシア神話では冥界の食べ物として知られる。
それを口にしたものは冥界で暮らさなければならない。これを庭から取ってきてガッツリと口にしていた松田龍平が冥界(社会の暗部)の住人であることを暗喩している。

突然現れた蛇⇨蛇は昔から、日本の神話などで「男性の性」を表していることが多い。男根の象徴として用いられることが多い。勿論、フロイト の夢解釈でも蛇は男根の象徴である。綾野剛の上に蛇が現れたことで、綾野剛が松田龍平への性的な気持ちを抑えきれなくなったことを表現している。

倒れた水楢(みずなら)⇨退廃、崩壊、死、生命の象徴。後半、水楢は命の円環やその先の希望そのもののように見える。

ニジマス⇨誰かが川に放流した外来種。外来種は他の川魚を食べるので、周りからは悪者扱いされ嫌われている。ここでは松田龍平のことを指すのだろうか?
二回捕まえて、一度目は偶然、二度目は故意に逃す。
二度目のシーンは、彼の心情、心の中の松田龍平との決別、を表現している。

冥土幽太楼
冥土幽太楼さんのコメント
2020年3月31日

たしか原作ではこの描写、なかった気がするんです。
制作側があえて投入したとすると、意味深なシーンですよね、

冥土幽太楼
kossyさんのコメント
2020年2月16日

なるほど~
蛇を放り捨てたところで男根を切り取ったものだと感じた今野が日浅に迫っていったのですね。妙に納得できるメタファーですね!それまでそういうことをしなかったのが不思議だったし。

kossy