劇場公開日 2020年2月14日

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「誰でも弱いうそつき」影裏 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0誰でも弱いうそつき

2020年2月15日
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鑑賞方法:映画館

「流れ酔い唄」という歌をご存じの方は少ないかもしれない。大分県出身の不遇の歌手山崎ハコが二十歳で発表した大変に味のある歌だ。その1番の歌詞は次のようである。

 うちの目にうつるは あんたの嘘だけ
 うまいこと言うて心は 別のことを思いよる
 それでも責めることは ひとつもありゃせん
 誰でも弱いうそつき 弱いほどに罪深い

 本作品の世界観はこの歌のそれに似ている。綾野剛が演じる主人公今野は人柄のいいゲイの青年だ。田舎の未通女(おぼこ)が正体の知れぬ都会の男に惹かれるようにして、松田龍平が演じる日浅に惹かれる。しかし凡その都会の男がそうであるように、日浅も実は底の浅いつまらない人間だ。

 人が嘘を吐(つ)くのは山崎ハコの歌の通り、弱いからである。自分の価値観がないか、または信じ切れず、世間の価値観に負けてしまっているから、それで嘘を吐く。虚栄心は世間の価値観に依存している証だ。例えばゴータマ・ブッダには虚栄心はない。世間の価値観も時代のパラダイムも、ゴータマの前では何の意味も成さないからである。だからゴータマは決して嘘を吐かない。イエスもマホメットも同様である。世間の価値観から自由になって独自の価値観を説いた人々は、弱さを克服した人々なのだ。
 思えば世界は弱い人で溢れ、嘘で満ちている。世の価値観から自由になって寛容さを獲得するのは至難の業だ。世間がそれを許さないという側面もある。異分子に対する弾圧はいつの世も自由な人を苦しめてきた。弱い人は自由な人を許さない。世に蔓延するヘイトスピーチはその現れだ。

 主人公今野の生き方は美しい。寛容であり、嘘を吐かない。外見からは想像しづらい強さがある。弱い人を守ろうとする優しさがある。人は強くなければ優しくなれない。本当に強い人は弱そうに見えるものなのである。綾野剛は名演だった。日浅には今野の強さが見えていなかった。それが見えていたのは、中村倫也が演じた副島だけである。
 それに対して日浅は弱かった。松田龍平の演技もまた見事である。日浅は禁煙の場所で喫煙し、利いた風な口を利くが、その実、内心では世間の価値観に負けてペシャンコになっている。弱い人ほど虚勢を張って強いフリをするものだ。しかし誰も彼を笑えない。二十歳の山崎ハコが歌ったように、誰でも弱いうそつきなのだ。責めることなどできやしない。

耶馬英彦
asicaさんのコメント
2021年11月17日

私も。
山崎ハコ 知ってます。
LPレコード二枚持っていました。
不遇なんですか?
人気あるシンガーソングライターだったと思っていました。

asica
ダラさんのコメント
2020年2月15日

こんにちは。
実はこの映画観ていないのですが、ハコちゃんに反応してしまいました。「流れ酔い唄」懐かしいですね。大好きなシンガーのひとりです。嬉しくレビュー拝見させていただきました。

ダラ