劇場公開日 2019年8月2日

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「教育のもたらすもの」風をつかまえた少年 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5教育のもたらすもの

2022年3月31日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

単純

知的

マラウィの二宮金次郎?

素直に見れば、無情に土埃を巻き上げ困窮した生活の象徴だった風が、ラスト、天高く駆けぬける。そんな清々しさを感じて、映画館を後にできる。

9.11の頃のマラウィのある地方の現状に驚き、
この映画を撮影した時点でも、マラウィでは未だにあのような乾いた土地があるということに驚く。
 なのに、空と大地は、あれほどにも雄大で、神々しくて息をのむ。

たくさんの人に見てもらいたいと思いつつ、
聞きかじった情報が心と頭をよぎり、かき乱されて、絶賛とはならない。

「ちゃんと勉強している。なんで学校に行かなくてはいけないの?」
 何人もの不登校生に言われる言葉。
 この映画でも思う。学校って何を教えてくれるところ?もちろん、ウィリアム君が”あの本”を理解できる素養は初等科で学んだのだけれども。

「(教育によって)僕は父さんが知らないことを知っている」
 父と息子の力関係が逆転する危険性。

教育の名のもとに、民族の知恵≒おばあちゃんの知恵袋と言われる伝承の否定。
 知識や知恵を蓄えていたがゆえに尊重されていた年長者。でも、今は誰でも”情報”を入手でき、”知恵”を外部に求めることができる。年長者の権威の失墜。”労働力”となりえない者=無用論。
 教育によって、すべてのものを人間が管理できると思ってしまう”万能感””支配感”を得たという勘違い。そして、引き起こした環境破壊。
 そして、失われつつある口伝えの文化等、その土地が伝え続けてきたもの。

欧米化した各地で起こったこと。
 効率化や利益を上げることが主になってしまったことによる環境破壊。
 地下水のくみ上げすぎで地盤沈下したと噂される地に関係する身には、これでこの土地がめでたしで終わるとは思えない。

貨幣が浸透することによって、目先の利益に飛びつかざるを得ない状況。
 農園の話が冒頭出てきたけれど、どうなったんだ?洪水の備えは?

と、欧米の価値観を非難したくなる。
環境破壊の影響を受けた天変地異に脅かされる生活。

だが、
 あの、圧倒的な水浸しを、乾いた土地を目にすれば、江戸時代の日本のようにため池を作る工事が必要なのではないか。バブルの頃はさかんに叩かれていた、インフラ整備のODAも捨てたもんじゃないと、マラウィの”土”がどういうものかも知らないで、考えてしまう。植生・植林を乱されてしまったから、土が水を保有する力を失ってしまったから、ため池を作っても、すぐに干上がってしまうのか…。単作農業は、害虫に弱いと聞いたことがあるような…。

非識字率が高い国で識字率を高める活動を続けてきた方がおっしゃった。
 「土地の伝統文化は、その土地ならではの知恵を有している。守り伝えていかなければいけないもの。反面、貨幣はどこの土地にも浸透しているし、環境の変化はどこの地域にも及び、昔のままの生活では立ち行かない。村外部の知識がない、言葉を知らない、文字を読めないがゆえに、搾取され、変化から取り残される危険性から、身と家族を守るために、識字は、学問は必要なの」

要は、得た知識をどう使うかという知恵も必要なのだろう。
 夫を罵りたい状況でも、子の前では父を立てる。父と子を繋ぎ続けた母の自己コントロールに心を打たれる。
 また、失敗続きの父ではあるが、他の家で餓死者が出るような状況の中で一番先に倒れることの多い赤ん坊はこの家では育っている!!!この父なりに、家族を守り続けた証(自分は食べないで、使用人(お手伝い人?)に食べろと勧める場面あり)。
 そして、伝統を否定する母が言う。「昔から、皆で力を合わせてきた。この状況の中で、いつ力を合わせるんだ」

この母にして、この父にして、この子あり。
 知識を渇望したウィリアム君。
 だが、助け合いの精神を育んだのは、この家族であり、この部族という伝統(親友は次期族長)。
 教育とは、点取り競争ではない。偏差値だけで図ることではない。
 子どもの好奇心を応援してあげること、この両親のような知恵を身につけることなんだなあと思った。

なんて、考えてしまうが、
 映画はマラウィの状況を描くことに時間がさかれる。が、どこかで聞いたようなエピソードの羅列で薄っぺらい。
 ”族長”が出てくるが、”族”の解体もあっさり描かれる。
 この国の話を別の土地に持っていっても同じ?と思えてしまう。
 母の言う「昔は皆で力を合わせて乗り越えてきた」そんな具体的なエピソードがあればよかったのに。

原作未読。
 他のサイトのレビューによると、”改悪”している部分もあるようだ。
 支援を待つだけの「他者依存」という人もいると聞くが、実際は援助を待つだけでなく、ウィリアム君以外の人も自助努力もしていたはずだ。そんなマラウィの人々の知恵も具体的に描いて欲しかった。
 環境破壊についても、教育についても、貧困についても、マラウィについても、一般論ばかりで、監督ご自身の哲学がない。
 惜しい。

とみいじょん