劇場公開日 2015年6月6日

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おかあさんの木 : インタビュー

2015年6月1日更新
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鈴木京香、苦悩の末に見いだした新たな境地

しゅん巡し、戸惑い、苦悩した末に下した決断によって、新たな境地を見いだした。東映の戦後70周年記念作「おかあさんの木」に主演した鈴木京香だ。戦時中、7人の子どもを次々と徴兵される母親という難役に挑み、悲運を背負いながら痛烈なまでの母性をあふれさせた。撮影では子どもを愛おしく思う気持ちが自然にわき出て、セリフに実感がこもったという。「お客さまが見てもイメージを裏切ることのないお母さんになれている、といいな」。控えめだが、日本のお母さん像をスクリーンに焼き付けた自負が垣間見えた。(取材・文/鈴木元、写真/江藤海彦)

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「おかあさんの木」のオファーが鈴木にもたらされたこと自体が、運命的といえる。ちょうどNHKの主演ドラマ「だから荒野」の撮影中で、家庭を捨てて被爆者である老人と長崎に向かう主婦を演じていたのだ。ロケ地で原爆資料館を訪れ、被爆者の故永井隆医学博士の著書などに目を通し、戦争への思いをはせていたタイミングだった。

「また戦争のお話で、正直に申し上げますとつらいんじゃないかと思ったんですね。長崎では、戦争について自分が子どもの頃に感じていたのとはまた違う思いで過ごしていたものですから」

原作は、長きにわたり小学校の教科書に掲載されてきた故大川悦生氏による児童文学。子どもの頃にふれた記憶はなく、脚本もでき上がっていない段階だったが、「つらい」という理由だけで断ることはできなかったという。

「いつもは脚本を読んで判断するので、本当だったらやらずに済むことだったかもしれないけれど、どうしても長崎で感じた思いと、あとは原作ですね。つらいからやらないでおきたいという気持ちで読んだにもかかわらず、心がすごく動かされてしまったので、今こういうことにじっくり取り組まなくてはいけないと思ったんです。もちろん、脚本もいいお話でした」

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幼い頃から思いを寄せていた謙次郎と結婚したミツは、姉の里子に出した誠を含め一郎から六郎まで7人の子宝に恵まれる。だが、幸せな日々は長くは続かず、謙次郎が心臓発作で急死。子どもたちが唯一の支えだったが、今度は戦争が否応なしに母子を引き離していく。ミツは子どもたちが出征するごとに植えたキリの木に語りかけ、帰還を願う。磯村一路監督による脚本は、近所に住んでいた子どもたちの幼なじみ・サユリの回想という形を取り、謙次郎との一連のなれそめから死に至る過程などがオリジナルで加えられた。

「母や祖母のことも思い出しましたし、子育てをしている友達のこともよく見たりしていろいろと思い浮かべましたけれど、何かを取り入れてということはしないようにしましたね。とにかく皆が思う、いいお母さん。その平均値がどういうものか具体的には言えないけれど、私のお母さんでもなく、撮影現場にいる子役のお母さんでもない。脚本に書かれている監督の思うお母さん、イコール映画を見てくださる方が求めているお母さん像と思って、自分の意見や考えは一切なしにしてやりたいと思いました」

お国のためとはいえ、愛息を戦地に送らなければならない母親の心中はいかばかりか。人数が多ければ悲しみが深くなるという数式は成り立たない。1人1人身を切る思いだったはず。次々に息子たちの戦死を知らされるミツは「軍神の母」、「誉(ほまれ)の家」ともてはやされ、雑誌の取材を受け国威発揚のプロパガンダにも利用される。気持ちを寄せていくうえで、周囲から「無知で愚かな母」という表現を耳にして心を痛めたこともあったという。

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「兵隊に送り出すことが誉とされる状況ですが、実際はすごくつらいと思います。ただそれは無知で愚かゆえということでは決してなくて、それを表に出せない、隠さざるを得ない状況だと理解してやっていました。だから、愚かな母と言われたことにすごく傷ついてしまって…。そんなつもりで1人目の息子から送り出したつもりはないからね、ミツさんという気持ち。ミツのためにそれをもっと表現できていたら良かったという反省もありますけれど、大変な時代の中での女性としての生きづらさもあったでしょうから、知らずに誉という言葉を受け入れたという感覚はないです」

言葉に力がこもる。それだけ撮影中は、青年となった二郎役の三浦貴大を除きオーディションで選ばれた幼少期、青年期合わせ計14人の子どもたちを必死に“育てた”のだ。だからこそ、正月に全員がそろって雪合戦をし、雑煮をほおばる束の間の幸せなシーンが余計に涙を誘う。「母親として強くいなければと自分を律した」日々だったそうだが、お母さんになれた感覚はあったのだろうか。

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「自分は母親になったことはないですから、最初はいろいろ考えて現場にいなくてはいけないと思いましたけれど、自然に母親になれたという実感はあります。自分はどちらかというと頭でっかちで、いつも自分なりにああしようこうしよう、考えてきたことがシーンの中で生かせると準備したかいがあったなということを大事にしてきたはずなのに、今回は愛おしい気持ちやしかりつけたい気持ちが自然とわき出てきて、どのセリフも実感を込めて言えたんです。それは本当に自分にとって意外で驚きでした。自分自身が最初にやりたいと思っていた、監督の望む、お客さまが見てもイメージを裏切ることのないお母さんになれているといいな、なれたんじゃないかなっていう…。図々しいですか? でも、そういうふうに仕事に取り組め、役と一体でいられたことが自分には本当にありがたかったんです」

そうしてフッとほほ笑んだ姿が慈母のようで、深く印象に残った。現在、全国をキャンペーンで回っているが、自らの発案し各地の小学校で「おかあさんの木」をはじめ大川氏の著書の読み聞かせを行った。

「お母さんのそういう気持ちをなくしたくないし、覚えていてもらいたいという気持ちと同時に、日本独自の優しい言葉も残していきたいと思ったので」

穏やかな口調だが、心に秘めた熱い思いが如実に伝わって来る。その思いは必ずやさざ波のように広がっていくはずだ。

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