劇場公開日 2015年6月6日

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「ママ、”象の数え歌”うたおうよ」エレファント・ソング ユキト@アマミヤさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0ママ、”象の数え歌”うたおうよ

2015年8月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

知的

難しい

いま、映画界で最も注目されるグザビエ・ドランが主演俳優として参加した本作。監督はシャルル・ビナメという人がやってます。僕個人としては、グザビエ・ドラン自身が監督もやってほしかったところなんですが……
物語は、とある精神病院が舞台です。ある日、この病院で、医師の失踪事件が起こります。新聞でも大きく報じられ、病院側は、この事件の真相を探るべく査問会を開きます。
失踪した医師が担当していた患者、それがマイケル(グザビエ・ドラン)
真相については彼が何かを知っているはず。
マイケルと失踪した医師との間に、何があったのか? 病院長で精神科医のグリーン院長(ブルース・グリーンウッド)は、真相を解き明かすべくマイケルとの対話を試みてゆきます。
本作では主に、マイケルとグリーン院長、二人の密室劇として描かれて行きます。
マイケルの母親は世界的なオペラ歌手でした。そのため演奏旅行ばかりの日々。マイケルは子供の頃から、母の愛をほとんど受けることなく育てられました。彼自身の言うところでは、子供の頃から寄宿舎に入れられていたとのこと。
マイケルは母親の旅行先、そのひと時のアバンチュールで生まれてしまった、望まれることのない子供でした。
その母は、マイケルの目の前で自殺。横たわる母親、たったひとりの愛おしい息子、マイケルを前に、彼女が残した最後の言葉は「三度、音を外した……」でした。彼女は息子よりも、オペラのことが気がかりだったのでしょうか? 当のマイケルは、横たわる母の前で「象の数え歌」を歌っていました。この一件以来マイケルは精神病棟に収容されたのです。
マイケルの父親は一度、彼をアフリカに連れて行ってくれました。
父親はハンターです。獲物を求めてサバンナをジープで駆け巡ります。幼いマイケルは、父親が猟銃で、象を撃ち殺すところを目撃します。
象の眉間に撃ち込まれた二発の銃弾。流れる血。ズサっと横たわる巨大な体。しかし象はまだ生きていました。
マイケルは死にゆく象の瞳を見つめます。まばたきする象の目。何を訴えたいのだろう? 象の瞳の奥に、深い、広い世界が広がっているかのようです。
父親は、倒れた象に「トドメを刺す」ため、もう一度、銃口を象に向けるのです。
その時マイケルは叫びます。
「NO!!!」
無情にも引き金が引かれます。
サバンナに響く、一発の乾いた銃声、その音はいつまでもマイケルの耳に残ります。
この一連のシーンは、マイケルの回想シーンとして語られます。
彼は院長、そして観客である我々にも、さまざまな「なぞかけ」をかけてきます。
マイケルの発言の中に「無用の長物」という言葉が出てきます。
その時、字幕の中に「エレファント」というルビが振られているのを目にしました。辞典で調べてみると、正確には「White elephant」白い象!?
それがなんで「無用の長物」と呼ばれるのか?
ちなみにYahoo知恵袋で検索しますと、「その昔、タイの王様が見た目の悪い白い象を敵側に送った故事に由来する」とのこと。
友好の印に送られたはずの白い象は、世話をするにも大変な手間がかかり、送られた側は、維持費がかさんで、とうとうギブアップしてしまった、という逸話があるのだそうです。
これは、本作において重要なキーワードでしょう。
つまりは、マイケル自身が精神病院に送られた、望まれない「白い象」ホワイトエレファントな訳ですね。
精神病院側はもう、彼の処遇に困るわけですね。ついには病院を破綻させかねない。その心配は現実のものとなります。
だから、彼の発する言葉の「象徴」するものであったり「暗喩」「隠喩」などに注意を払わねばなりません。院長との二人芝居は、緊迫した心理戦でもあります。しかしマイケルはいつもどこか、ふざけた態度をとります。まともに答えようとしない。グリーン院長の心をもてあそぶように、彼は言い放ちます。
「僕と取引したいのかい? だったら僕が出す条件は三つだ」
その一つが、なんと「チョコレート」をくれること、なのです。
実はこの、他愛もないチョコレートの要求が、後にとんでもない事態を引き起こすことになろうとは。
複雑怪奇なマイケルの精神世界、そこはまるで底なし沼なのか? あるいは巨大迷路なのか。
僕には彼自身が「虚無」な「無の坩堝」とでもいうべき存在に思えてなりませんでした。

ユキト@アマミヤ