劇場公開日 2015年10月31日

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「波」わたしの名前は... ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5

2015年11月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

知的

幸せ

世界的に有名なファッションデザイナー、そしてシネフィル(映画狂)としても名を馳せるアニエス・ベーが、本名であるアニエス・トゥルブレ名義で描く、初監督作品。

映画評論家、そして映画へのあふれんばかりの情熱、愛をもった語り口で指導者としても多大な功績を残したアンドレ・バサン。彼の理念に共感し、師事したフランスの若き映画人達が作り出した映画制作運動、それが言わずと知れた「ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)」である。

既成の映画理念を叩き潰し、本来あるべき映画の姿を多彩なテクニック、モンタージュをもって模索し、観客に提示した作品群。この個性の爆発に映画館で出会った観客の衝撃はいかほどだったか。今、想像しても胸が躍る。「始まる、始まるぞ!映画が始まるぞ!」と喝采をやまない市民の熱狂が、聞こえてきそうだ。

さて、本作の作り手であるアニエス・トゥリブレが世界に問うてきたブランド「アニエス・ベー」は、パリのエスプリをファッションに落とし込み、洗練された世界観が人気を集めているが、その一方として洗練を鮮やかに裏切る、パンキッシュな精神もデザインに同居する事で、唯一無比のストーリーを描く事に成功する事で、この世界的な評価に繋がっている。デザイナーとしての緻密な才気を支える、既成概念を超えていく反逆精神こそ、このブランドの源泉だと私は考えている。

だからこそ、映画作りに並々ならぬ愛着を持ち、資金面で支援も続ける彼女が手掛ける本作は、無難なドラマであってはならなかった。彼女の芸術であるとともに、ブランドのコンセプト表現の一環でもあろう本作は、冒頭から物語の常套を踏襲しながら、不穏な違和感を随所に織り込み、観客の不快感を呼び起こす。

あえて描く普遍性という縦糸に、唐突なジャンプカット、解像度とカメラを入れ替えて困惑されるモンタージュ、理解を拒絶する言葉の応酬という横糸を織り込み、演出していく世界。まさに、彼女のブランドとしての基本姿勢を、そのまま映画という形で実践したアニエス印の奇天烈な語り口。

もちろん、個々のテクニックは既成のものであり、驚きはない。だが、この観客の不快感を生み出す感覚は、あえてゴダール、シャブロル、マルの映画運動が見せた「今を疑え」とする生意気な暴力への、武骨なまでの敬意がなせる業だ。映画を愛し、同時に映画を底なしに疑うアニエスの、現代フランス映画、はては現代映画界への彼女にしかできない「ヌーヴェル・ヴァーグ」となっているのだ。

物語として、高い水準で納得させる演出になっていないという向きもあろう。いや、むしろそのご指摘は正解だ。納得されては、むしろ困る。「ああ、良かったね」で済むような作品は、恐らくはアニエス・トゥルブレには不本意な評価だ。「心に刻み込む、不快感でも、残るものを」作る。観客に、嫌われるのもまた歓喜の結果だろう。

興行というテーマのもと、無難な設計図で無難に生まれては消えていく悲しき現代の映画達。そんな不幸な子供たちに、やんちゃな暴走という喜びを、爆発を、進化を!一人の映画好きなデザイナーの主張は、その服作りと同様に、世界を熱狂されられるのか。

波は、来ている。後は、あなたが乗るだけだ。

ダックス奮闘{ふんとう}