劇場公開日 2013年2月14日

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「「ダイ・ハード」でなくてもいい駄作アクション映画」ダイ・ハード ラスト・デイ キューブさんの映画レビュー(感想・評価)

1.5「ダイ・ハード」でなくてもいい駄作アクション映画

2013年3月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

単純

寝られる

 さてあの人気シリーズ「ダイ・ハード」もいよいよ5作目だ。過去4作はどれも共通して荒唐無稽だが、非常に楽しめる快作ばかりだった。もちろん今回もそうに決まっている。

 まず良い所を挙げよう。1つ目はジョン・マクレーンをまたスクリーンで見られること。なんだかんだ言ってブルース・ウィリスは良い。2つ目は息子のジャックがまあまあ良いこと。父親には敵わないが、彼の息子であることは一目見れば分かるし、彼との掛け合いも時々面白い。3つ目はテンポの良さ。シリーズ中唯一の2時間を切る作品だから、当然他の作品に比べるとかなり見やすい。

 以上。それだけである。たったそれだけしか、この映画に長所は無い。
 まず脚本が酷すぎる。確かにダイ・ハードは荒唐無稽だが、バカではない。脚本家は何を勘違いしているのか、とりあえずアクションシーンさえあれば、とでも思っているのだろうか。ストーリーの展開、登場人物の台詞、何もかもつまらない。(まあこの脚本家の経歴を見ればそれも納得だが)

 次に、敵のの存在感の無さ。「ダイ・ハード」の敵は記憶に残る奴なのがお決まりのはずだ。「1」のハンス・グルーバーは言わずもがな、「2」「3」はもちろん「4.0」でさえ、自尊心の強い強烈なキャラクターばかりだった。今回は大まかに2人の敵がいるのだが、どちらもびっくりするほど魅力が無い。初めの方はステレオタイプな悪徳政治家を演じていて、(オーバーだが)一見すると悪くはない。しかし大したこともしないまま、結局退場することになる。“真の敵”に至ってはなぜ今更登場するのかよく分からない。今までのシリーズ同様、敵には本当の目的があるのだが、そんな所で種明かしされても意味が無い。糞みたいなストーリーが面白くなる訳でもあるまいし、そもそも舞台が舞台だから、突飛すぎて笑うに笑えない。(見た人なら分かるはずだ)

 そして何よりも罪なのが、監督がまったく「ダイ・ハード」がなんたるかを理解していないことだ。それもそのはず、監督は“あの”ジョン・ムーアである(知らないと思うが)。一見スタイリッシュなアクションシーンも、彼の手にかかればすべてが無味乾燥な場面に早変わり。そう、「ラスト・デイ」のアクションシーンを見ても、脳内ではびっくりするほどアドレナリンが出ないのだ。これでもかとばかりに、車は衝突を繰り返し、銃弾は飛び交い、爆発は途切れること無く繰り返される、にも関わらずだ。これだけ用意するならもう少し面白くても良いのでは。
 第一、スタイリッシュ(笑)な映像感はまったく「ダイ・ハード」に似合わない。そもそもオープニングからして明らかに「ダイ・ハード」じゃない。タイトルがでっかく出ることも無く、片隅にスライドインするだけ。今時のアクション映画にありがちな手ぶれ映像やスローモーションを駆使して頑張ってはいるが、どれもこれも「ダイ・ハード」にそぐわない。

 それにジョン・マクレーンの戦い方がただのランボーと化している。今までの彼は1人で(時には2人で)自分よりも有利な敵に対し、様々な作戦を凝らすことで勝つことができた。「4.0」のときなんかハイテクにローテクが勝つのだ。これぞまさに“ジョン・マクレーン”だろう。それなのに「ラスト・デイ」の彼はひたすら銃器をぶっ放し、戦闘中にほとんどぼやかない。たまにはあるが、あまり気の利いた台詞でないことには変わりない。「なかなか死なない男」が「無敵の男」に変貌してしまったのだ(これは「4.0」にも言えるが)。
 それもそのはず。今までのマクレーンは毎回事件に巻き込まれて、やむを得ず戦いを始めてきた。今回は事件を起こした息子を自ら助けにいく。その後も明らかに自分から首を突っ込みにいっている。劇中、幾度となく「親子愛」が全面に押し出されるが、はっきり言って説得力ゼロだ。(しかもこの「親子愛」が曲者で、変なタイミングで演出されるものだから、長所であるはずのテンポが悪くなる。)

 要するに「ラスト・デイ」は「ダイ・ハード」の名を借りた、ジョン・ムーアお得意の「ただのB級スタイリッシュ(笑)アクション映画」なのである。日本ではこれがナンバリングタイトルじゃなくてよかった。ソフト化する際には「ブルース・ウィリス/ラスト・デイ」あたりに改題してくれれば助かるのだが。そうすれば多くの人がこの馬糞てんこ盛り映画を見ずに済むだろう。

 そしてこれが「ダイ・ハード」の“最後”にならないことを心から願っている。

(13年3月13日鑑賞)

キューブ