劇場公開日 2012年1月28日

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「 都会の忙しさに疲れた心を癒してくれる、身体も心も休めたい方にお薦めの作品です。」しあわせのパン 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 都会の忙しさに疲れた心を癒してくれる、身体も心も休めたい方にお薦めの作品です。

2012年2月16日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 北海道、洞爺湖のほとり月浦にあるパンカフェ「マーニ」を舞台に、オーナーの水縞夫妻と、カフェを訪れる心に痛みを抱えたお客さんたち。そんなお客さんとの四季のエピソードを綴った、こころ暖まる作品。四季折々の洞爺湖と、周辺の景色は旅情を誘います。
 都会の忙しさに疲れた心を癒してくれる、身体も心も休めたい方にお薦めの作品です。
 この宿泊もできるパンカフェは実在するお店。監督がロケハン中にこの月浦に辿りついたとき、研ぎすまされた空気の冷たさ、差し込む光を気に入り、ここだと思ったそうです。そしてカフェに入った途端に、焼きたてパンの匂いとコーヒーの香り、洞爺湖を見渡すことができる大きな窓。この空間が好きだと直感し、一発で決めたそうなのです。
 女性の方には、ロケーションばかりでなく、お店のインテリアや料理器具どれをとってもため息が出るほど「行ってみたい」と金銭、もとい琴線に迫ってくるものを感じさせてくれるでしょう。そして何よりもおいしそうなパンの数々が目を楽しませてくれました。全てカフェのご主人がいろいろなパンを焼いてくれたそうです。ゆったり入れてくれる珈琲も、香り立つようで、見ているだけで和みます。
 この圧倒的なロケーションが、へんぴな場所にあるカフェの存在感をググッ~と納得させてくれたのです。小地蔵も、行ってみたいなぁ~(^。^)

 さらに、登場人物も個性的。小羊のゾーヴァや、地元の郵便屋さん、いつも大きなかばんと共にカフェを訪れる謎の客、色とりどりのいろいろな野菜を売っている地元農家の子沢山夫婦、地獄耳のガラス工芸家なども登場し、この作品の広がりを見せてくれます。

 作品のモチーフとなった絵本『月のマーニ』の内容は、すぐ浮かんできたそうです。絵本に出てくる、丸い大きな月に照らされる雪原。それにつづく紺碧の洞爺湖。夜陰に浮かぶ中島の景色がとても綺麗です。洞爺湖は冬でも凍らないんですね。
 mixi葉祥明語り部コミュの管理人としては、ホントにこの風景とドラマは、葉祥明の世界そのものだと感じました。絵本をそのまま映画にしたような感じなのです。

 余談ですが、鑑賞後に「お地蔵さま」と呼び止める声が。えっ、この世で小地蔵が見える人っていないはずと思って振り向いたら、なんと葉祥明先生がいらっしゃるではありませんか!先生は、レイトショーで『善き人』をご覧になるために映画館に見えられたのでした。

作風は、『かもめ食堂』に沿ったもの。この癒しチックで静かな佇まいは、決して万人受けの作品ではありません。ただ『かもめ食堂』のようにヤマナシ・オチナシで見る人の感じたままに委ねるのでなく、しっかりしたストーリーも組み立てられています。その点で、作風としては進化しているのではないでしょうか。

 特に月浦の四季に溶け込み自然体で暮らしている水縞夫妻のおおらかさは、とても素敵なんです。あの大泉洋が寡黙でも、妻のりえさんを優しく見守る良き旦那さんにドンピシャ納まって見えるから不思議です。夫を水縞くんとよぶ呼び名には、当初違和感を感じるのですが、だんだん自然に感じられるようになりました。このふたりの関係は、「君が、照らされていて 君が、照らしている」という絵本の言葉どおりの互いが優しさを共有し合って暮らしていたのです。

 でも、途中から水縞くんには、りえさんにいえない秘密の願い事があり、りえさんにも水縞くんにいえない秘密を抱えていました。
 それは何かここでは秘密にしておきましょう。ただね、夏から始まったドラマが、秋
を迎え、厳しい冬を通り越して、沢山のお客さんを迎えるうちに、やがて春が来て、この夫婦のお互いに抱えた秘密は自然と解決します。
 その秘密の鍵となるのは「マーニ」に入る来年のお客様の予約。それはこの夫妻の春の訪れに相応しいお客様だったのです。
 実は、そのお客様こそ、この作品のナレーションをしている謎の女の子でした。最初はかわいい小羊のゾーヴァが語っているのかなと思ったら、違っていました。声の主は、本作で引退してしまった大橋のぞみちゃんが担当。彼女の声は、まるで天の声が囁くように、気持ちをほっこりさせてくれました。

 さて、物語はワンシーズンごとに、ひと組の客にスポットを当てて一期一会の「マーニ」との出会いを描いて行きます。

 「夏」では、婚約者に沖縄行きの婚前旅行をすっぽかされたカオリのお話。祝福して
くれた同僚たちの手前、おじゃんになったことが言えず、逆方向の北海道へ思いつきの傷心旅行で「マーニ」に押しかけてきたのです。
 そこで常連客で鉄道員のトキオと出会います。彼は北海道から出たことがないというコンプレックスを抱えていました。ふたりが繋がることで、互いに新たな希望を醸し出すお話なんです。カオリとトキオや水縞夫妻との会話する台詞は、カオリと同じように傷ついている方のこころを癒してくれることでしょう。

 「秋」は、両親の離婚で傷ついてしまった小学生の未来のお話。水縞夫妻は未来とその父親を「マーニ」に招待して、精一杯のごちそうで持てなします。未来が水縞夫妻と関わり合うことで、いろいろ気づき、表情が明るくなっていく姿に、見ている方も勇気をお裾分けしていただきました。

 「冬」は、阪神淡路大震災で娘を亡くしたアヤさんと史生さんの老夫妻のお話。監督自身もこの大震災で被災したことから描かれました。アヤさんは病気で余命わずかと宣告されて、思いあまった史生さんはあやさんを連れて、ふたりの思い出の地月浦で心中しようと「マーニ」へやって来るのです。ここで夏編に負けないくらい、水縞夫妻との素敵な台詞がかわされて、史生さんはアヤさんの最期を看取る勇気を持つのです。

 そして水縞夫妻にも希望の春がやってくる「春」で締めくくられました。

 本作のキャッチコピーは「わけあうたびに わかりあえる 気がする」。劇中に、水縞くんが語る『カンパニア』の語源を解説される台詞も素敵です。その意味は、「分かち合う」ということ。ひとつのパンをわけあう事からできた言葉なんだそうです。本作で登場する数多くの素敵なパンたち。それらが意味するのは、しあわせをわけあう事だったんですね。同じテーブルで食を囲む団欒がどれほどしあわせなことか、実感できました。

 本作は、アコーステックで奏でられる音楽も素敵です。サウンドトラックの他に、吟遊詩人のような阿部さんが劇中曲でアコーディオンを披露します。すると『銀河鉄道の夜』のようなみんなが楽しく繋がっているムードに変わるのです。
 演じているあがた森魚は元々ギターの人なので、アコーディオンが弾けなかったんのに本作のために猛練習して、役作りしたそうです。

 そしてエンドロールを飾るテーマ曲、矢野顕子の『ひとつだけ』という曲も、作品にとてもマッチしていて最後まで聞いて欲しい曲です。故忌野清志郎とデュエットで歌っているところが、ちょっと涙を誘われました。この曲からも着想を得て書いたストーリーなのだそうです。

 最後に、こういう食と癒しの企画にいつも絡んでくるアスミック・エースのプロデュース方針も高く評価したいと思います。

流山の小地蔵