劇場公開日 2011年4月16日

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「誰もが奥底に潜ませる狂気」キラー・インサイド・ミー マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0誰もが奥底に潜ませる狂気

2011年10月13日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

知的

難しい

主人公の保安官助手・ルーを演じるのはケイシー・アフレック。「ジェシー・ジェームズの暗殺」で列車強盗のボス・ジェシー(ブラッド・ピット)を、卑劣なやり方で暗殺したロバート・フォードを演じた彼だ。今作でも同じく、ねちっこい性格と陰湿な喋りで、どこか冷めた若者を演じる。

上司の保安官から指示を受けたルーが、町はずれに住む売春婦ジョイスを訪ねるところから始まる。ジョイスに抵抗され、彼女を押さえつけたところで、ルーの奥底に潜んでいたものが目を覚ますのだが、これが突発的なものではないことが徐々に明らかになる。
ジョイスを演じるジェシカ・アルバの情熱的で美しい肢体と、ルーの過去をオーバーラップさせながら、徐々にルーの内面に潜むものを鮮明にしていく。ここで慌てないのがいい。
前に進むのを忘れたかのようなケイシー・アフレックの演技と、都会の喧噪から離れた50年代の西テキサスの風と陽光が、まるで何事もないそぶりでシンクロする。その裏で、この田舎町セントラルシティを闇に包む狂気が刻々と頭をもたげていく過程にたっぷりと時間を注ぎ込んだ。
この映画では、殺人事件はあくまで結果だ。話の軸は自らの狂気を目覚めさせてしまった主人公が、その狂気を弄び、やがて蝕まれていく様を描いたものだ。使うべきところに時間を割かない作品がままあるなか、今作の時間配分はよく計算されている。

小さな田舎町。周りで死人が相次げば、遅かれ早かれ疑われる。誰も、そんなバカじゃない。それでも殺人を繰り返すのは、自分でも抑えることができない性癖と、犯罪を取り繕おうとする愚かさによるものだ。女にはサディスティックに拳を振るい、男に対しては報復の銃弾を浴びせる。

建設労働組合長のジョーがルーに向かって吐く「たわ言はバカ相手に言え」。
まともな人間は騙されないぞという意思表示だが、真実と嘘が混濁したルーにとって、はたして自身の言葉がたわ言だという意識があったかどうか?
揚々とするルーに投げかけられる老保安官の言葉「陽は沈む前がいちばん輝く」も忘れられない。

決して精神を病んでいるのではない。常習的な殺人鬼でもない。ごく普通の人間が取り憑かれたように人の命に手を出してしまう脆さと怖さ。
ちょっとしたはずみに表出する人間の内なる本性。
これは誰もが奥底に潜ませる狂気なのかも知れない。

マスター@だんだん