劇場公開日 2009年9月26日

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空気人形 : 特集

2009年9月18日更新

ワンダフルライフ」「誰も知らない」「歩いても 歩いても」等で、海外でも高い評価を得ている是枝裕和監督が、韓国の人気女優ペ・ドゥナを主演に迎えて新境地に挑んだ「空気人形」。初の自ら選んだ原作もの、初めて組んだ撮影監督、美術等、新たなコラボレーションが生み出した“新・是枝ワールド”に迫る。(文:村上健一

新たな是枝ワールドを切り開いた「空気人形」…そして、映画監督・是枝裕和とは?

■新たな是枝ワールド

是枝裕和監督の新たな冒険に満ちた「空気人形」
是枝裕和監督の新たな冒険に満ちた「空気人形」

中身には空気しかなく、そして誰かの代用品であるという“空気人形”。そんな彼女にある日突然、心が芽生え、持ち主が部屋を留守にするひとときの時間、外に繰り出して人と出会い、生きる喜びを獲得していく姿を描いたのが、ファンタジックなラブストーリー「空気人形」である。原作は業田良家の同名短編漫画。是枝監督がテレビ時代からこだわってきた「どうやって人と人が関係性を築いていくのか?」というテーマをファンタジー性と絡めて描ける題材として、自ら「原作もので自分がやりたいと思ったのは初めて」と語る作品だ。

さらにはキャスト&スタッフも、主演はペ・ドゥナという外国人女優、撮影監督にはホウ・シャオシェンウォン・カーウァイ作品でおなじみのリー・ピンビン、美術には海外でも活躍の種田陽平(「キル・ビル vol.1」)を起用と、「初もの」づくし。新たな布陣によって、透明な空気感と哀愁、そしてあたたかな息吹にあふれた、新たな是枝ワールドが確立されている。

人は誰しも空虚な心を抱えていて、誰かに必要とされたい、そして誰かと繋がりたいと願っている──そうした現代に生きる人々の象徴ともいえる空気人形が、逆に、周囲の人々の孤独と空虚さを浮き彫りにしていく……。彼女が見た世界には、なにが満ちていたのか? 空気人形の初恋の行く末を見守ることは、私たちがいかにして他者と交わり、自分を満たしていくのかを探る心の旅でもある。

■是枝監督が惚れ抜いたペ・ドゥナの魅力

監督も惚れ込んだペ・ドゥナ
監督も惚れ込んだペ・ドゥナ

是枝監督が「子猫をお願い」で初めてその姿を見て以来、「(出演作品は)どれもいい」とベタ褒めする韓国の女優ペ・ドゥナ

日本映画「リンダリンダリンダ」の主演で日本でもファンが急増した彼女が、本作では空気人形のピュアで切なく愛くるしい姿を体現。透明感あふれる美しいヌードを惜しげもなく披露しながら、ビニール製の人形に過ぎなかった彼女が、人々と触れ合うことで心を満たしていき、どんどん「人間」の顔になっていく様子をみずみずしく演じている。

メインビジュアルにもなっているメイド服はもちろん、シフォンワンピースなど、彼女の衣装も注目のポイントだ。

■映画監督・是枝裕和とは?

空気人形」は是枝裕和監督の最新作である。今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で上映され、現地で高い注目を集めたが、新作を発表するたびに海外からも熱い注目を集める是枝裕和とは、そもそもどのような映画監督なのか? 映画評論家・高橋諭治氏に、「映画監督・是枝裕和」について寄稿してもらった。

一貫したテーマや眼差しを保ちつつ、一作ごとに“生まれ変わる”希有な映画作家

是枝裕和監督
写真/瀧本幹也
 是枝裕和監督によるファンタジー映画という括りで見ると、「空気人形」は「ワンダフルライフ」以来10年ぶり2本目のファンタジーということになる。「ワンダフルライフ」は“ファンタジーでありながら、ドキュメンタリーのような”独特の違和感を観客に抱かせ、それがまた魅力的でもある異色作だった。それに比べるとファンタジーとしてはるかに洗練された「空気人形」は、観る者をすーっと滑らかに映画の世界観へと引き入れ、ストーリーの起承転結も明確に組み立てられている。そのほかにもペ・ドゥナや撮影監督リー・ピンビンとのコラボレーション、“セックス”シーンの官能的な表現、人形の心の揺らめきをエモーショナルに伝えるworld's end girlfriendの音楽の導入など、是枝監督の新境地というべき要素が満載で、俳優も映像も音もすべてが新鮮な“冒険映画”になっている。

 思えば是枝監督は、代表作「誰も知らない」の後に時代劇「花よりもなほ」、ホームドラマ「歩いても 歩いても」というジャンルもテイストも異なる作品を撮り、演出スタイルにおいても新たな試みを実践してきた。かつては“社会的テーマをドキュメント・タッチで考察する映画作家”といった限定的な見方がされがちだったこの監督は、そんなレッテルなどお構いなしに自らの間口を自由に、着実に広げてきた。

 その一方で「空気人形」には孤独な人間たちが多数登場し、人と人との関係性という是枝監督が一貫してこだわってきたテーマが探求されている。人形がこの世の美を発見したファースト・シーンと、新たな冒険の始まりを予感させるラスト・シーンが円環を描くように共鳴したとき、私たちは理屈を超えた素朴な感動に打ち震えずにいられない。ドラマ的に誰もが納得しうるハッピーエンドではなく、奇跡的に芽生えた一瞬の“繋がり”を迷いなく選びとった潔さ。一作ごとに新しい可能性を感じさせる是枝裕和という人は、そのたびに生まれ変わり、みずみずしい眼差しで世界を見渡すことができる希有な映画作家なのではあるまいか。あれこれ批評したりする前に、しばしそのはかなさ、美しさに浸っていたくなる「空気人形」を観ると、つくづくそんなことを思わされる。
文:高橋諭治

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