劇場公開日 2010年6月12日

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ACACIA : インタビュー

2010年6月10日更新
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辻仁成、後悔と悲しみが結実した先に見たものは……

小説家、ミュージシャン、映画監督と多彩な顔を持つ辻仁成監督の最新作となる「ACACIA」。日本のプロレス黄金期を支えた“燃える闘魂”アントニオ猪木を主演に迎え、息子を失った元覆面レスラーと親の愛を知らない少年がともに過ごしたひと夏の絆(きずな)を描く。「フィラメント」(2002)以来8年ぶり6本目のメガホンをとった辻監督が、製作経緯から猪木を主演に抜てきした理由にいたるまでを語った。(取材・文:編集部)

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■後悔、迷い、悲しみ

昨年の第22回東京国際映画祭でコンペティション部門に選出された同作は、演技初挑戦の猪木がどのような芝居をするのかに大きな注目が集まった。辻は、「母なる凪と父なる時化」「クラウディ」「海峡の光」といった私小説に分類される作品の舞台に北海道・函館を選んでいるが、「ACACIA」も同様に思春期の多感な時期を過ごした同所で全編ロケを敢行。離婚して離れて暮らす息子への思いが、辻監督を突き動かしていった。

「自分が至らない父親として離婚してしまい、一緒に暮らしてあげることのできない後悔、迷い、悲しみ。愛を届けたいというと押し付けがましくて、そんな権利が自分にはないと分かっているし、彼にとってはいい迷惑かもしれない。私小説を書いてきたように、自分がこの映画に向かってできることは『こう思わない親はいないから』という気持ちを込めることしかないと思うんですよ」

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■動けなくなった猪木の涙

辻監督の思いは、偶然にも似た境遇の出演者には何も言わずとも伝わったはずだ。ホテルのロビーですれ違った際にオファーを受け、「引き受けよう。男に二言はない」と快諾した猪木は、かつて8歳になる病身の娘を飛行機の中で失っている。

「自分と同じような思いで生きている人っていっぱいいるじゃないですか。猪木さんはもちろん、林くんだってそうです。彼は複雑な心境のなかで、これだけの演技をやり遂げているんですよ。彼にとって撮影期間中、我々が父親であり、我々にとっては息子であり。自分の思いで作ってきたものではあるけれど、擬似家族のような環境で作り上げてきたなかで10年後か20年後か、親のいない子どもたちが、子どもと離れて暮らす親たちが見て、過去のことを思い出してくれる作品であってほしいと思いますね」

映画のクライマックスでは、誰も見たことのない猪木の姿に、辻監督を含むスタッフは息をのむことになる。猪木扮する大魔神が、元妻(石田えり)との間にもうけた亡き長男を思い、自宅前でむせび泣くシーンだ。撮影当日の現場は相当ピリピリしていたそうで、「猪木さんはかなり役に入り込んでいて、ずっとうずくまって考え事をしていましたね。多分、亡くされたお子さんのことを考えていらしたんじゃないかな。僕は、スタッフに『猪木さんは確実に泣くから1回で押さえよう』と伝えました」と述懐。そして、「ダムが決壊するように、我々が驚くくらい一気に泣いてくれました。誰もが動けなくなって、僕はどこでカットをかけていいのか分からなくなったくらい。助監督が『フィルムが終わりました!』と言うまで、ずっとフィルムは回っていましたね。本当に素晴らしかった」。

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そんな猪木だが、撮影中は満身創いの状態だった。クランクアップ後の09年10月には腰椎すべり症の治療で入院し手術を受けるほどで、東京国際映画祭のグリーンカーペットを練り歩くこともかなわず。それでも、撮影終盤の存在感は際立っていたという。「最後のほうはマルチェロ・マストロヤンニかって錯覚するほどで、あのときの猪木さんは黄金期のプロレスラーだったころと何も変わらなかった。でも、体調が良くなくて本当に苦しそうでね、(函館山の)山道のシーンは歩けなかったくらい。猪木さんの闘魂というか、命がけの演技なんですよ。そのひとつひとつのこだわりが、あれだけの芝居になったんだと思うし、猪木さんにしかできなかったと思いますね」と振り返る。

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■次回作は日仏合作

辻監督にとっても実り多き作品となった「ACACIA」。今は、7本目の新作にして日仏合作の自主製作映画「paris Tokyo paysage」の撮影に入っている。東京・中目黒の桜と仏パリのマロニエの木を、四季を通して撮影しながら分かれた男女の姿を描くといい、「花が咲いて散って……というのを見ているうちに、木が茂ってかげってという1年間を、人間のドラマを織り交ぜた地球の目線で撮りたいと思ったんです。これは、『ACACIA』を撮らなければ思いつかなかった発想だし、大きな勉強をさせてもらいました。自主映画ではあるけれど、『ACACIA』に負けないクオリティのものをつくる自信はありますね」と自信のほどをうかがわせた。

同作には、フランス人女優も出演しているそうで、どんな出演陣が物語を紡いでいくのか今後も目が離せない。これまで多くの先入観からマイナスイメージと解釈される報道がなされてきても、文句ひとつ口にしてこなかった辻監督。「ACACIA」の総勢50人以上に及ぶ大所帯のスタッフの顔と名前を瞬時に覚えてしまった気遣いの人が、柔軟な発想をもとに手がける次の一手に注目が集まる。

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