感想
原作者のルー・ウォーレスは南北戦争時代の北軍の将軍で1880年に本作の原作を記しているが、睡眠時に見た夢を小説にしたという。本職は軍人・政治家であり宗教とは死に立ち会う度に関わる事はあったが、夢にはイエス・キリストやその弟子達である十二使徒などの聖書に語られる人物が登場する他に、伝承上は生まれたばかりの飼馬桶に寝る幼子イエスの生誕場所を指し示す移動する天体(ダビデの星)を追うように現れ、馬小屋で対面を果たし乳香、没薬、黄金を贈ったという東方から来たとされる三人の博士(天文学者や占星術師)の内の一人、賢者アレキサンドリアのバルサザールが現われ、成長したイエスの姿を追い晩年になるまで探し歩くー。
という夢であった。ウォーレスは夢の内容を非常に印象深く、重く受け止めて小説を書き留め始めたという。これが本作の冒頭部タイトルが出た直ぐ後に表示される A Tale of the Christ BY GENERAL LEW WALLACE」の内、A Tale〜の部分にこの物語とウォーレスが見た夢の意味が集約されていると言われる。
... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ...
ジュダ・ベン・ハーは(聖書の中ではユダヤ王はイエスと血統として繋がりがある)王族の血を牽く輸出入の商売を行う裕福なユダヤ人であり母ミリアム妹のティルザと共に暮らしている。ハー家の大番頭サイモニデス代表される多くの使用人からも尊敬されている。サイモニデスの娘エステルは身分が違い過ぎると感じながら幼馴染のジュダを慕いジュダも彼女の気持ちを受け入れていた。まさにユダヤ人の代表になるべくして生まれてきた者であったが、幼い頃から兄弟同様に育ったローマ人であるメッサラに成長後再会するも、裏切られ、名誉を剥奪された上に家族を幽閉され、奴隷としてガレー船漕手として送り込まれる。この時からメッサラ対して怨念と復讐心の鬼となり生きていく事になる。
ガレー船に送り込まれる道中、瀕死の状況に追い込まれるが奇跡が彼に起きる。喉の渇きに耐えられず気力の限界が訪れ倒れ込んでしまったジュダに優しく水を掛け、労わるように飲ませ与える人物。彼はその顔を見上げると、また生きる力が身体中に漲ってくるの感じた。威厳と優しさに満ちたその人の顔を記憶に留める。ローマ兵の一人がその人物を叱責するも威厳に満ちた姿を見た途端に心が圧倒され押し黙ってしまう。
ガレー船の漕手として3年の間怨念と復讐心のみを持ち合わせ生きるジュダ。新しいガレー船に移りそこにカルタゴ征伐の為に乗り合わせてきた新艦隊司令官のクイントゥス・アリウスと出会う。アリウスはジュダの復讐のため命に拘る執着心と闘志力や体力が優れていると見抜き、次第に目をかけるようになる。
神の御心により生き抜くと主張するジュダにアリウスはガレー船の上では神は自分であり、神の恩寵などは無いと断言するが、ジュダは一念は神に通じると言い切る。
アリウスのローマ艦隊は地中海上でカルタゴ軍船と戦闘となる。戦闘直前に漕手の足には鎖が付けられるが、アリウスの命によりジュダの鎖のみ解き放されたままにされる。再び奇跡を感じるジュダ。激しい戦闘の末に司令船は狙われて沈没させられるが、アリウスにより自由を許されていたジュダは海上に投げ出されたアリウスを救い出す。海上を漂う二人。役に立たない者は殺せというアリウスの主張は間違いであり、役に立たないと思われた者も信じれば救われる事を態度で指し示す。
アリウスはローマの軍船に救われる。ローマはカルタゴに大勝利したという話を聞き、アリウスは神の御心で生かされているジュダに助けられた事はローマもジュダの信じる神に救われたという事を確信するようになり彼をローマに連れて行く。
ジュダはローマで戦車競技の騎手として腕を磨き、レースで5度の優勝を果たし、最終的には自由人として、またアリウスも自身の世継ぎとしてローマの市民権をも与えるに至る。
ジュダは5年を経てクイントゥス・アリウスⅡ世としてエルサレムへ帰郷する。帰途の際、ある日ジュダが木陰で休憩をとっていると一人の老人が顔を覗き込むように現れる。その人はジュダと歳格好が似通っているある人物を探しているという。彼こそ数奇な運命に翻弄され神に導かれた晩年のアレキサンドリアの賢者バルタザールであった。彼もまた族長イルデリムの所に招待されていた客人だったのだ。ジュダ・ベン・ハーをイエスと見間違ってしまったのだ。その時は気が付かずに通り過ぎた出来事であったが、この出会いが後にジュダにとって人生を一変させる出来事に繋がっていく。
ジュダは優れたアラビア種の白馬を所有し、エルサレムの戦車競技で一旗あげようとするアラブ族長イルデリムと出会う。競争馬の話で親しくなりメッサラがエルサレムのレースに出ている事を知る。メッサラへの復讐に燃えるジュダはイルデリムと組みメッサラに挑戦状を叩きつけると共に幽閉されているティルザとミリアムを探し出すように依頼する
メッサラはティルザとミリアムが地下牢で生きている事を確認するも、二人共癩を罹っており、癩の谷に追放してしまう。牢を出たティルザとミリアムはエステルを密かに訪ね、ジュダには自分達は死んだと伝えて欲しいとした。エステルは了承する。
エルサレムで帝国主催の戦車競技が始まろうとしている。イルデリムの白馬を操りメッサラとの復讐の激闘が始まる。壮絶な競争の末、ジュダは勝利を手にする。メッサラは最終周回時に戦車が大破、後続馬に轢かれ瀕死の重傷を負う。メッサラは己れの死が近い事を悟り、ジュダを呼び出しティルザとミリアムはまだ生きており、癩の谷にいる事を伝えて苦しみを死の時まで味あわせて息を引き取る。
メッサラが亡くなっても憎悪と悲しみは全く消えず自暴自棄になるジュダ。ミリアムとティルザに会いに行くが、二人の気持ちを考えると再会出来ない。その頃、バルサザールはとうとう長年の希望であったイエスに再会し、自分の信仰を確信して喜びをジュダに伝える。山上の垂訓により心の癒やしを感じたエステルはナザレのイエスの話を聞けば何かが変わるかもしれないと、イエスの話を聞く事を勧めるがジュダは耳を貸さない。
エステルは癩の谷にも出かけてミリアムにイエスの話を聞いて欲しい。一緒にエルサレムへ行って欲しいと懇願する。そこにエステルの後を追いかけてきたジュダが現れる。ミリアムの話によるとティルザがもう死にかけているという。エルサレムにいるナザレのイエスと話せば必ず心の平安を持つことが出来る。二人を連れて行こうとエステルはジュダを説得、ジュダは藁をも攫む気持ちでイエスを尋ねるべく寝たきりのティルザ、ミリアムを連れていく。谷を出る際に怖がるミリアムにエステルは「大丈夫。希望は必ずあります。」と優しく諭す。
13日の金曜日を迎えイエスが他の罪人と共に処刑される事になる。民衆の請願の声にこれ以上の責任は持てないとし、手を洗い清めるピラト。病に苦しむティルザとミリアムを救いたい一心で二人を連れてきたジュダとエステル。時既に遅く刑場へ鞭打たれ十字架を担ぎ進むイエス。途中で力尽き倒れたところ、その姿を発見して居た堪れなく感じて、水を差し入れるジュダ。そこに居た人物は以前に水を恵んでくれたその人であったのだ!驚くジュダ。しかし差し出した柄杓は無惨にもローマ兵により蹴散らされる。病の淵にあっても労りの心を持ってイエスを見守るティルザとミリアム。ジュダはイエスと罪人と見物の人波をかき分けただ歩き追っていく。
イエスを心より敬愛する者、蔑む者、憎む者、喜ぶ者、悲しむ者、さらに多くの様々な人々が見つめる中、ゴルゴタの丘でイエスの十字架への磔を目撃するバルサザールとジュダ。
「残念な事だなバルサザール。私に水と生きる希望
を与えてくれたのは彼だ。何故死刑になるのだ!」
「あの方は全ての人間の罪を代わりに背負い死ぬの
だ。自分は今日死ぬ為に生まれたのだとー。仰っ
ていた。その目的の為にこの世に現れなさった。」
「死ぬ為にか?」
「(いや)これが(全ての)はじまりである。」
バルサザールの言葉を聞き神妙な面持ちとなる
ジュダ・ベン・ハー。
言葉の意味に気付きと悟りを覚え、
その顔は次第に輝きを増していく。
イエスの死と共に大雨と轟音と嵐が吹き荒れ十字架から流れ出た血が大地に染み込んでいく。それはまるでこの地球上のありとあらゆる罪で汚れた大地を洗い流す勢いて拡がり流れ、染み込んでいく。
街中から離れた谷の中で絶望の中にいたティルザとミリアムにも奇跡が。全身に激痛が走る。暫くすると癩が全て消えていたのである。信じ続け愛を与え続けた者に起きた本物の奇跡である。
嵐が過ぎ去り晴れ間が広がる。穏やかな顔のジュダがエステルに話し掛ける。
「イエスが息を引き取る前、父よ。彼らを許したまえ。彼等は何をしているのか分からないのです。とおっしゃるのが聞こえた」
「恨みも全て拭い去られてしまった。」
喜ぶエステル。さらに目を向けるとそこには笑顔のミリアムとティルザの姿。近づき抱擁する四人。ジュダとその家族に新しい日々が始まる。
... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ... ...
オープニングに写し出されるミケランジェロのアダムの創造とミクロス・ローザの音楽が、神と人との壮大な関わりと繋がりを改めて感じさせ且つ考えさせられる。
主演 チャールトン・ヘストン
アカデミー最優秀主演男優賞を受賞。受賞当時30歳であり、脂の乗りきった生涯最高の演技で永遠に記憶に留まる俳優となる。
ミリアム役のマーサ・スコットが品があり美しい。早逝したがメッサラ役のスティーブン・ボイドも目を見張る好演であった。
監督 ウィリアム・ワイラー
「我等の生涯の最良の年」 「ローマの休日」
1959年度アカデミー賞主要部門を含む11部門受賞
人を大量動員して制作されたスペクタクル巨編。戦車競技場面は複数台の65㎜カメラで撮影され70㎜フィルム拡大した映像の効果が最大限に活かされている。本編中でも圧巻の名場面となっている。この映像を創り上げた第二撮影監督のヤキマ・カヌートの身体を張ったスタントは息を呑む大迫力で娯楽作品としても最高の仕上がりをみせている。
⭐️5
1973年頃、新宿ミラノ座リバイバル上映で初鑑賞
以降、鑑賞多数