アンデスの聖餐
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アンデスの聖餐

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解説

アンデス山中に墜落した飛行機の乗客45人のうち32人が生き残り、遭難した。そして、最終的に救出された16人の生存者は、人肉を喰って生き永らえた。この事件を現場のフィルム、捜索フィルムなどで構成したドキュメンタリー。監督はアルヴァロ・コヴァセヴィッチ、脚色はマリオ・バルガス・ロサ、音楽はアンジェル・パラがそれぞれ担当。

ストーリー

1972年10月13日。ウルグアイのモンテビデオからチリのサンチャゴに向かった旅客機フェアチャイルドF1227が消息不明になった。ウルグァイのラグビー・チーム“オールド・クリスチャンズ”とその応援団がチャーターしたこの飛行機には、40人の乗客と5人の乗員が乗っていた。飛行機はアンデス山中に墜落したものと推定され、必死に捜索したが、2週間経っても発見できなかった。しかし彼らは生きていた。墜落した時、機体は分裂し、前部と後部の人間は死んだが、胴体部にいたラグビー・チームの28人は生き残っていた。周囲は雪が深く脱出は無理だった。発見されるまで頑張らなくては……飛行機の胴体を整備して寒さを防ぐ事はできる。空腹だけが彼らの敵だった。彼らは死んでしまった仲間の肉を喰った。やがて正式な捜索は打ち切られたが、ラグビー・チームの若者たちは依然生き抜いていた。そして彼らの母たちも諦めず、自費で捜索を続けた。雪崩が起きて、また多くの人間が死に、19人が生き残った。何度も何度も脱出を試み、その度に犠牲者が出た。遭難から二ヵ月経っていた。彼らのうちの2名--医学生のカネッサとフェルナンド・パラードの2人が最後の望みをかけて、脱出の旅に出た。そして、二人は、出発後10日目、遭難以来70日ぶりの12月22日、チリの牧童に発見された。そして、すぐに救援隊が残りの14人の生存者を救出したのだった。彼らは一躍ヒーローとなった。しかし、24日にある新聞が“人肉喰い”のことをスッパ抜いた。世論は沸騰した。ウルグアイに帰り、オールド・クリスチャンズの学校へ戻った彼らは、学生や多くのジャーナリストを前に人肉を喰った事を告白した。彼らの代表アルフレッド・デルガードは言う。「キリストが人類の救済のために、その肉体と血をお与えになったように、ぼくたちの仲間は、その肉体と血でぼくたちの生命を助けたのです」と。...

作品データ

原題 La Odisea Delos Andes
製作年 1975年
製作国 ブラジル
配給 日本ヘラルド映画

提供:株式会社キネマ旬報社

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