劇場公開日 2004年5月29日

「がんばったあの夏」深呼吸の必要 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0がんばったあの夏

2021年11月4日
PCから投稿

露出度が人気に比例していない──とおもうことがよくある。
おそらくだれもが、映画やドラマの出演者や配役をみて「なんでこのひとが」と疑問になる。ことがある(ひとがいる)にちがいない。

「なんでこのひとが」を身も蓋もなく具体的に言ってしまうと「なんでちっとも魅力のないかれ/かのじょが(またしても)こんないいポジションに就けちゃっているんだろうか?」──である。

そんな誰の中にもいる「なんでこのひと」な俳優が、わたしは多い。たぶんひとより多い。

年を食ったにんげんが「むかしはよかった」と言うことがある。
気に入らない俳優が増えてきたのはわたしが年を食ったから──かもしれない。なにしろ、きょうび、俳優にかぎらずテレビのパーソナリティでもユーチューバーでも「なんでこのひとが」なひと、ばかりである。

もっと現実的な気分にそくして言うと「なんでこいつが」である。

しんらつなレビューをすることが多いが、わたしはけっしてルサンチマンではない。(と、じぶんでは思っています。)

しかし日々メディアに触れるたび「なんでこいつが」と思わせる存在は、増えていく。
若いころは「なんでこいつが」な人物は、ほとんど居なかった。

だからけっきょく(じぶんでツッコませてもらうが)「それはおまえが年を食ったからさ」ていうことになるんだ、と思う。

「なんでこのひとが」にくわえて思うのが「渡世術」である。
かれ/かのじょをそのポジションに就かしめるのは、魅力でも技量でもなく、(世のなかを)うまく泳ぐ手並みだ。──そう感じる人物がとても多い。

だから「なんでこいつが」と思ったあとに「ふん、うまく泳ぎやがって」とおもう。年をくったわたしにとってエンタメの世界というものは「うまくおよぐ気に入らないやつ」だらけ──というわけ。である。

じょうだんはさておき、芸能界は、推されと干されの事情が、素人には解らない。
憶測はあるにせよ、かれ/かのじょがゴリ推される理由や、干された理由は、ほんとのところは解らないものだ。

香里奈といえば、むかしはドラマやCMなど、見ない日がないほどだったが、ある時期をさかいに見なくなった。

巷間では写真週刊誌にプライベート写真が流出したせい──になっているが、ほんとのところは解らない。その写真じだい、ちっとも衝撃ではなかったし、そこに写ったかのじょはたんに寝ていただけで、なんにもわるいことはしていなかった。それは陋劣な盗撮であり、気の毒な事故だった。

(「なんでこのひとが」の前振りをしたのは、芸能界というところが、魅力的なひとが消え、魅力的じゃないひとが生き残る──(なんとなく)そんな印象があるばしょだから。)

最近見たおもいで写眞(2021)という映画に香里奈が出ていて軽くおどろいた。また映画へ復帰するだろうか?

香里奈の垢抜けた顔立ちが気に入っていた。彼女を本作「深呼吸の必要」(2004)と対で思い出す。

ずっと後年になってここで共演していた成宮寛貴が醜聞に巻かれるかんじで引退した。
当時、仕事中に映画館で見た思い出深い映画(笑)で、今やすっかり大物になった谷原章介、長澤まさみ、大森南朋も出ていた。

この映画は期間農業のアルバイトをやったことがあるなら、ぜったいに刺さる。ましてサトウキビをやったことがあるなら、じぶんと対比できる面白みもあるだろう。

バラバラな経歴・思惑をもった人たち──が、期間の開始時に厖大なサトウキビ畑を見渡すばめんがある。
これをぜんぶ刈り取るのか・・・その茫然とした危惧から、紆余曲折をへて、すったもんだをへて、最後の1本を刈り取る。まで──を映画は描いている。

不可能に見える果てしないサトウキビ畑と、たった1本になったサトウキビ。
そのはじまりとおわりをつうじて、ひとつの目的へ向かって、みんなで葛藤しながらやり遂げたあのひと夏──を映画は描いていた。
あんとき仕事をさぼって見てよかった。

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津次郎