劇場公開日 1984年6月23日

「戦後の私達の全員がMacArthur's Childrenだったのです」瀬戸内少年野球団 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0戦後の私達の全員がMacArthur's Childrenだったのです

2022年1月19日
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鑑賞方法:DVD/BD

英語題名のMacArthur's Childrenの方が内容を的確に表現されています
しかし、それではどんな内容なのか?とイメージしづらいので、この瀬戸内少年野球団という題名なのだと思います

原作者は阿久悠
昭和の超有名作詞家で、70年代は大ヒット曲や名だたる歌謡賞の大賞に輝くのは殆ど彼の作品ばかりだったほど

また逢う日まで、ジョニィへの伝言、北の宿から、勝手にしやがれ、UFO、雨の慕情
思いつくまま書いても、21世紀生まれの方でも知って入る超有名曲がいくつもあります

この人の自叙伝的な小説を映画化したのが本作です
監督は篠田正浩、撮影は宮川一夫、脚本は大島渚監督とのコンビが多かった田村孟
つまりもの凄く強力な布陣で製作されたことが分かります

少年野球がテーマの映画ではありません
敗戦国日本の再出発点を見つめ、現代に続く原点とは何であったかを再確認することがテーマであったと思います

戦後の混乱の有り様は、東京や広島などの闇市の異常な光景を紹介する映画は沢山あっても、普通の地方の普通の街がどのように敗戦を受け入れて変わっていったのか
それをこれほどに丁寧に克明に描いた映画は他にありません

冒頭は昭和天皇の終戦詔勅のラジオ放送を小学生達が校庭に整列して聴いているところから始まります
物語はそこから2年後くらいの小学生達と戦争未亡人となった若い女性教師の日々のお話です
これといった事件もありません

舞台は淡路島の西海岸の真ん中の辺りの漁港の街のようです
そこに終戦までは提督だった元海軍少将が、小学生の娘を連れて戦犯として手配されるまで穏やかに骨を休めようと島の漁師に戻った部下を頼ってやって来ます
大勢の男達も戦地から続々と復員してきます
戦死したはずの人物も人知れず戻って来ます
そうこうするうちに進駐軍の十名程度の兵隊達も島の砲台を爆破処理するためににやって来ます
出来事はそんなぐらいです

それらの出来事が絡みあって、クライマックスの進駐軍GIチーム対少年野球団の試合になるのです
戦勝国と敗戦国の試合で子供たちも戦犯として処刑された少女の父の仇を討つのだと試合に臨むのです

占領されたからといって心まで占領されたのではない
卑屈になったり、逆に媚びたりしてはならない
と夏目雅子の演じる中井先生はある日、子供たちに教えます
それはもちろんその日の前夜、無理矢理肉体を征服されたことに対する腹立ちから来た言葉です
そしてボールを投げて野球をやろうと少年達にいいます
彼女の戦死した筈の夫は甲子園出場の高校球児でした
つまり野球をやることで夫をあきらめない、肉体が征服されたところで心は絶対に征服されないことを野球をすることで示そうとしたのです

その過程で、民主教育と男女共学のはじまり、男女同権など今に続く戦後日本の成り立ちが説明されるのです

淡路島の西海岸は瀬戸内に面しています
水平線の向こうには「二十四の瞳」の小豆島が浮かんでいます

島の小さな小学校の子供たちと若い女性教師の物語なのですから「二十四の瞳」と同じです
だから瀬戸内少年野球団なのです

戦時中や戦後の混乱期に羽振りよくしていた登場人物達は去り、温暖な気候を活用して花栽培を振興していく幸せな島の将来が明るい陽光の下の花畑で示されます
それは平和日本の未来の在るべき方向性を指し示しているのです

戦後の私達の全員がMacArthur's Childrenだったのです
それが本作のテーマであるのです

決して夏目雅子の美貌を愛でるだけの映画ではないのです
しかし余りににも彼女は美しく、彼女のイメージにぴったりな役柄であったことが、まるで太陽を直視したかのように他のことは全く目に入らなくなってしまうのです
夏目雅子が美しい!
それ以外のことは何もかも吹き飛んでしまうのです
しかし、ただそれだけが残る映画になってしまったのなら大変残念なことです

夏目雅子は本作の公開の2ヵ月後の1984年8月、20歳の頃からの7年間交際していた作家伊集院静と結婚をします
彼とははじめの3年間は不倫関係であったそうです
その新婚生活の僅か6ヵ月後の1985年2月
彼女は突然、急性骨髄性白血病を発症します
そして同年9月にはもう亡くなくなってしまうのです
27歳、正に美人薄命です
そのことが本作をさらに伝説の作品に押し上げているのかも知れません

淡路島は最近なにやら大手人材派遣会社が本拠地をこの島に移すとのことで何かとニュースに登場します

コロナ禍前までは、我が家は夏が来ると小さな子供たちと淡路島に毎年訪れたものです
南斜面には花が色とりどりに咲き乱れています
特に斜面一面に自生する夏水仙の美しさは目に焼き付いています
まるで夏目雅子の清楚な美しさそのままでした

夏水仙の花言葉は「悲しい思い出」だそうです

夏目雅子だけでなく、映画初出演の佐倉しおり、渡辺謙も強い印象をのこしました
また岩下志麻も、郷ひろみもまた素晴らしい存在感を示しています
見事な傑作です

あき240