劇場公開日 2008年2月23日

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「 『いつの間にか眠りにつく映画』でした(^^ゞ」いつか眠りにつく前に 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

1.0 『いつの間にか眠りにつく映画』でした(^^ゞ

2008年2月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 試写会では、ほとんどが女性で埋め尽くされた中で、ストーリーも女性を意識した作品でしたね。普段バードボイルドやアクションを楽しまれている殿方には、映画館がいい「休息」の場となることでしょう。
 主人公アンと娘役が似ていて、アンの若い頃の話とアンの娘の話がスイッチバックするため、注意していないとどっちの話か解りにくいところがあります。

 但し、この映画の境遇にある晩年を迎えている方や結婚や出産に迷いを感じている人には、凄く安堵させられる作品です。きっとラストで感動されますよ。
 ラホス監督は、この作品で美しい浜辺の風景をバックに、人生は完璧を目指しても、なかなかそうならないけれど、たとえ選択を誤ったとしても幸せなる道はあるのだよという優しさ溢れるメッセージを、悩める女性たちに送っています。
 時として、結婚の相手は恋をして相手よりも、諸事情で違う人を選んでしまうこともあります。ずっとそのことで後悔したり、夫に対して罪の意識を持つ人もいることでしょう。ラストで親友ライラは、アンに「だってこんな美人のお娘さんを二人も育てたのだから幸せでしょう」というのです。アンの決断はネタバレになりますから省略しますが、やはり運命の扉は絶対ではなく、ひとつの扉が閉じるとき、新たな扉が開くようです。
 人生の岐路に立たされたとき、誰だって迷います。それでも潔癖になって失敗することが怖いから、決断すること自体から逃げていては、いつまで立っても幸せにはなれないでしょう。アンやアンの娘のように、とにかく与えられた環境の中で精一杯前向きに生きていけば、それなりに納得のいく人生が過ごせるのではないでしょうか。

 アンは決して理想の愛も手に入れず、歌手としての夢も捨て、普通の主婦となったわけです。しかも家事でも完璧にはこなせません。そんな過去の思い通りに行かなかったことに囚われて、ああするべきだった、こうすべきだったと、悲しみの数を数えていたら、いつか眠りにつくとき、この世への執着だらけになります。

 この映画のような最期だったら幸せな一生だったと言えるよう、「幸せの数」のほうを常に数えていてくださいね。

●運命を開く力となる、親の人生への理解と共感。
 ところで仕事や結婚で失敗しがちな人には、たいがい子供の時のトラウマがあります。このトラウマは実は両親にも同じ性格があって、強く影響を受けています。
 ご自身が壁にぶち当たり真摯に反省しなくてはいけなくなった場合、問題点の反省もさることながら、両親の人生を理解すると意外と自己変革できるようです。
 子供は両親の原動をよく観察していて、ヘンな習慣や欠点をよく知っているのです。幼心にそういう欠点を裁いていて、その反発心がずっと大人になっても心の奥に残ってしまうのです。その反発心が職場の上司や夫、子供に対してキバを向くことで、気まずい関係になっていくのですね。だからこの映画のように、親の生き方を理解したとき、裁くこころが溶けていき、自分自身も生きていく自信がついていくものなのです。

流山の小地蔵