コラム:下から目線のハリウッド - 第11回

2021年6月11日更新

下から目線のハリウッド

50年以上も失敗続きだった!? 知られざる「マーベル映画」の隆盛!

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、今や商業映画の覇権を握ったと言っても過言ではない「マーベル」にまつわる話をお届け。マーベル映画の黎明期から、じつは苦難の連続だった歴史、そして、いかにして飛躍したのかを解説します!


三谷:今回は、「マーベル」について話したいなと。今ではもうヒット映画の代名詞みたいな感じになってますけど、そうなるのにはいろいろあったんだよという話をしていきたいと思います。

久保田:僕はね、マーベルのキャラクターについて、ひとつだけ強く言いたいことがあるんですけど、後で言わせてください。

三谷:なんなのか気になるところですけど(笑)。まずは、マーベルそのものについて触れていきましょうか。「マーベルスタジオ」はもともと「マーベルコミック」というアメコミの会社から始まっているんですが、それはご存知ですか?

久保田:はいはい。知ってます。

三谷:有名なところで言うとスタン・リーとか、いろんなクリエイターの人がたくさんのキャラクターを作って、漫画として売っていたわけなんですが、何百というキャラクターがいるので、「コミックだけに留めるのもったいない」となって映像化しようという流れが、ずっと昔からあったんですね。

久保田:へぇ~。いつ頃からですか?

三谷:マーベルコミックの前身の会社の時代からやっていたんです。一番最初に映像になって記録されているマーベルキャラクターは、「キャプテン・アメリカ」なんですが――。

久保田:えー、そうなんだ……。最初にひとつだけ強く言いたいことがあるって言ったのはそれなんだよなぁ。

三谷:え、なんですか?

久保田:今のマーベルの映画の中で一番言いたいのは、「キャプテン・アメリカは絶対弱いだろ」ってことで(※個人の見解です)。

三谷:マジですか(笑)。

久保田:アメリカのキャプテンがあれでいいのか、アメリカで国民投票してほしいよね。

三谷:それでいいのか!と(笑)。

久保田:だってデカい盾を振り回しているだけじゃん。

画像1

三谷:いやいやいや(笑)。あれを投げるのも技術いると思いますよ?

久保田:それってもうスポーツ選手の感じじゃん! プロのフリスビープレイヤーみたいな(笑)。

三谷:まぁまぁ、そうですね(笑)。

久保田:「アイアンマン」とか「ウルヴァリン」とかより、ぶっちゃけ全然弱くない? 一生懸命訓練した人間がデカい盾を持っているだけって(笑)。

三谷:まぁ、他のヒーローには機能とか能力がありますからね。でも、だからこそ「武力だけじゃないよ」っていうスピリットかもしれないですよ?

久保田:それは「力こそ正義」みたいなアメリカの国民性と異なるじゃん(笑)。

三谷:なるほど(笑)。まぁ、そういう側面はなくはないかもしれないですけども、キャプテン・アメリカが、最初のマーベルキャラとして映像になったんですよ。

久保田:これは失敗しますね。

三谷:はい。じつはそうなんです(笑)。

久保田:あ、マジで!?

三谷:最初に映像になったのは、1944年頃だと言われています。当時の映画は、本編の長編が始まる前にちょっとした短編を流していたんですが、その短編シリーズとして「キャプテン・アメリカ」の白黒短編映画があったんです。

久保田:ほぉ~。

三谷:でもその描かれ方に至らない部分が多くあったりして。これ、「キャプテン・アメリカ 1944」で検索すると写真とか画像が見られるんですけれど。

久保田:うわー……。目出し帽かぶって星つけているおじさんじゃん。これは渋谷のハロウィンにいる変態おじさんのクオリティですよ。

三谷:しかも、特に原作側が怒ったのが、この中に出てくるキャプテン・アメリカは、相手を拳銃で倒すんですよ(笑)。

久保田:絶対ダメでしょ。それはもう一般のアメリカ社会じゃん(笑)。

三谷:そんな原作の設定をガン無視したつくり方に納得いかなくて、マーベルとしても「しばらく実写はやめておこう」となります。で、その後25年くらい間が空きます。

久保田:ずいぶん空きましたね(笑)。

三谷:でも、やっぱり諦めきれなかったんでしょうね。次にやったのが1970年代。3人のキャラクターで、今度は映画館ではなくてテレビの実写映画としてつくられました。ラインナップは「スパイダーマン」「ドクター・ストレンジ」。

久保田:ほぉ。

三谷:あとは「キャプテン・アメリカ」です(笑)。

久保田:もうやめとけよー、一回、痛い目見てるじゃん(笑)。

三谷:その不安も的中してます(笑)。このときも結局、微妙な感じで。ドクター・ストレンジは、今だったらベネディクト・カンバーバッチが演じて、かっこいい系のキャラだったりするんですけど。

画像2

三谷:70年代のドクター・ストレンジは、なんと言いますか「アメリカのポルノ俳優みたいな髭のおじさん」なんですよ(笑)。

久保田:「1978 ドクター・ストレンジ」で画像検索すると写真が見れますけど、ボリウッドの主人公みたいだ。

三谷:そうなんです。「1979 キャプテン・アメリカ」「1977 スパイダーマン」でも、写真が見られるんですけど、キャプテン・アメリカは、ちょっと進化はしているけど変態っぽさはあまり減ってない感じです。

久保田:スパイダーマンはちょっと息苦しそうだね(笑)。

三谷:メッシュ素材だと思うので、呼吸できるはずだと思うんですけど(笑)。

久保田:3人並んだら変態おじさんトリオだよね(笑)。

三谷:この中だったらスパイダーマンが一番マシかなって思うんですけどね。

久保田:でも、よくこのクオリティで、「諦めきれない!」って、25年の歳月を経てやろうと思ったよね。

三谷:なので、案の定、クオリティが低いということで、打ち切られてしまうという結果でした。

久保田:1944年も1970年代も、誰がこれで「いける!」って決めたんだろうね?

三谷:これはそれぞれ、許諾を得た先の会社やスタジオがあって、そこで製作しているんですけども。

久保田:じゃあ権利元はこれOKしたってことなの?

三谷:おそらく権利元は、コンサルテーションの権利はあるけど、最終的な製作の意思決定は、権利を買った人のところにあるという感じだったんだと思います。

久保田:なるほど、スタジオ側がパワーあるってことだ。

三谷:そういうことです。まあ、こんな感じで失敗して、失意の底に落ちたスタン・リーは、せめて「スパイダーマン」だけでも良い形にできないかということで、じつは、日本の東映にライセンスします。

久保田:おお!

三谷:で、東映でスパイダーマンがテレビシリーズになるんですが、これが非常に香ばしい感じでして(笑)。

久保田:うわぁ……。「スパイダーマン 東映」で検索して見てほしいわぁ。

三谷:これがスパイダーマンのデザイン以外は完全にオリジナルなものになっていて、戦隊モノのノリで合体ロボットみたいなの出てきたり、本家とは似ても似つかないものが出来上がります(※注1)。

久保田:完全に東映のヒーローテイストになっちゃったんだね。

三谷:さらに紆余曲折はまだまだ続きます。80年代になってもう一回映画にチャレンジしようって話になるんですね。

久保田:またやるの!?

三谷:今度は、ジョージ・ルーカスがやりたかったという作品で「ハワード・ザ・ダック」という原作を映画化します。これは、ルーカスが「スター・ウォーズ」のあとに製作したいと言って、マーベルと話し合って形にした映画になるんですけど。

久保田:へー!

三谷:これが実質、マーベル初の長編映画になるみたいです。ただですね……これが「史上最悪の映画」と酷評されてしまう結果になってしまいました。

久保田:それはルーカスの人生の汚点ですね。

三谷:そうですね、黒歴史です(笑)。そんな力を入れた映画も芳しくなく、80年代、90年代も同じように失敗を繰り返しているうちに、1997年に会社が倒産してしまいます。

久保田:いやー、まったくノーサプライズですね。

三谷:ノーサプライズ(笑)。

久保田:むしろ僕が驚いているのは、1944年から、50年以上も潰れずに続けたよねってことですね。

三谷:ただ、90年代に製作したものは、マーベルの歴史的にはひとつポイントになる点がありまして。今のシネマティックユニバースに繋がる萌芽があったんです。つまり、マーベルのキャラクター同士を同じ映画の中で登場させる作品が、ちらほら出てきていたらしいんですね。

久保田:へえ~!

三谷:たとえば「ハルク」と「マイティ・ソー」、「ハルク」と「デアデビル」が一緒にでてる、みたいな作品です。これは「超人ハルクリターンズ」「ハルク デアデビル」で検索すると画像が見られると思います。

久保田:お~。でも、クオリティはやっぱりまだアレですね。「デアデビル」は、暗闇から出てきた変態っぽいし、ハルクもだいぶ変態感ありますね(笑)。

三谷:そんな感じで失敗のなかに今につながるような「兆し」はあったんですが、会社は潰れて、マーベルの商品化とかをやっていた「トイビズ」という会社に買い取られます。でも、散々な失敗の過去があるせいで、映画化の提案をして回っても、ハリウッド中から断られるという状況がしばらく続きます。

久保田:それはそうでしょうね。

三谷:それでも粘り強く提案していった結果、あるスタジオが、「スパイダーマンだけはやってみようか」って話になったんですね。

久保田:あら、物好き。どこですか?

三谷:これが、今も「スパイダーマン」シリーズを出し続ける「ソニーピクチャーズ」なんですね。

久保田:すごい!

三谷:そのおかげで、2002年にでた「スパイダーマン」が、これまでにない空前の大ヒットを飛ばします。

久保田:なんで!?

三谷:その理由は、ちょっと画像を見てもらえるとわかるんですが……。

画像3

久保田:これは、最近も見るスパイダーマンだ。前みたいな息が苦しそうな感じが全然ないし(笑)。

三谷:今に通じるスパイダーマンですよね。

久保田:いやぁ……本当、クリエイティブって重要だね。

三谷:あとは今だとけっこう当たり前かもしれないですけど、スパイダーマンが腕から蜘蛛の糸を出してビルを飛び回るアクション。あれを初めて大画面で見たときすごい感動がありませんでした?

久保田:あれすごかったね。

三谷:コスチュームのデザインや質感とか、アクションとか、いろんな要因があると思うんですけど、2000年代になってようやくマーベルコミックの世界を描くために必要な技術ができたんだと思うんですよね。90年代まではやっぱりそれがなかった。

久保田:なるほどね。

三谷:さらにストーリーテリングも非常に良かったこともあって、この2002年の「スパイダーマン」は大ヒットして、マーベル映画としては初めて、全米初週で興行収入が100億円を超えたんです。

久保田:それはすごい。

三谷:この作品で「スーパーヒーロー映画ってイケるじゃん!」となって、マーベルの運がガラッと変わっていく潮目になったんですよね。

久保田:ちょっと考えさせられますね。2、3年ビジネスをやって「上手くいかない!」っていうのがアホらしくなりませんか。だって、ここまで来るのにほぼ60年ですよ!?

三谷:「キャプテン・アメリカ」が拳銃で人を撃っていた時代から始まって。その進化が50年の内にあって、やっとたどり着いた2002年のスパイダーマンってことですからね。そこから、「今度は、ほかの映画スタジオといろいろ映画をつくっていこう」ということで、「Xメン」や「ファンタスティック・フォー」や「ブレイド」とかがつくられていきます(※注2)。

久保田:快進撃の始まりだ。

三谷:そうなんです。この頃、ちょっと転換があって、当時のマーベルはあくまで「IPホルダー」としてライセンスをする形で、自分たちの持っているキャラクターを各スタジオに出していたんです。「スパイダーマンはソニーで」「Xメンはフォックスで」みたいな感じですね。

久保田:版権管理会社だ。

三谷:そうです。版権管理会社として映画事業をやっていたんですけど、それだとどうしても、とっているリスクが限定的なぶん、実入りも少ないというか。

久保田:つまり、ロイヤルティビジネスなんだよね。

三谷:そうなんです。でも、「それじゃあ、物足りないね」ってことで、今度はマーベルとしてお金を投じる――つまり、「スタジオにライセンス」という形ではなく、マーベルが自分たちで権利も持ち、製作のお金も出し、自分たちで完全にオーナーシップを持った状態で映画を作り、パラマウントにはあくまで配給だけを頼む。その態勢が2008年の「アイアンマン」からスタートするんですね。

久保田:アイアンマンからなんだ。けっこう最近だ。

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三谷:そこから「マーベル・シネマティックユニバース」というのが展開されていくんですが、タイミングを同じくして、マーベルは2009年にディズニーに買収されます。ただ、ディズニー傘下でお金はディズニーが出すけれど、コントロールはしっかり持ちつつ映画をつくっていこうとなって、今に至るわけです。

久保田:これは勉強になりますね。

三谷:ここまで粘り強くやって、初めてリターンがあったんだなということを感じますよね。5月には2021年から23年までの映画のラインナップも発表されましたし、「シャンチー」というアジア系初のスーパーヒーローが出てくる予定もありますし。いろいろ楽しみですね。

久保田:そんなマーベルの黎明期には、変態チックなビジュアルのヒーローたちがいたことを知ってると、いろんな意味で感慨深いよね(笑)。

三谷:そうですね(笑)。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#46 50年間ずっと失敗続きだった?知られざる「マーベル映画」の隆盛)でお聴きいただけます。


※注1:番組音声及び、初出の原稿では、東映版「スパイダーマン」において、スーパー戦隊シリーズを意識した合体ロボットが登場すると紹介されていますが、この指摘は誤りです。東映版「スパイダーマン」の放送開始は1978年。同作品において「巨大ロボット・レオパルドン」が登場します。その後、1979年から放送が開始されたスーパー戦隊シリーズ「バトルフィーバーJ」において、同シリーズ初の巨大ロボット「バトルフィーバーロボ」が登場することになりました。この経緯から、東映版「スパイダーマン」に登場する「レオパルドン」が、スーパー戦隊シリーズの影響下にあったという語り及び、記述は誤りとなります。また、レオパルドンは「合体ロボット」ではなく「巨大ロボット」です。


※注2:番組音声及び、初出の原稿では「スパイダーマン」(2002)をきっかけに「Xメン」「ブレイド」が製作されたことになっていますが、この件は誤りです(以降の対話の流れを含める)。「Xメン」は2000年、「ブレイド」は1999年に製作されているため、「スパイダーマン」(2002)がきっかけとはなりません。時系列の誤認識及び、校正時の不備を謹んでお詫び申し上げます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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