コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第17回

2017年11月2日更新

清水節のメディア・シンクタンク

第17回:「ブレードランナー2049」を10倍楽しむためのポイント10

1982年の公開初日にキャパ1000人超の新宿ミラノ座で、わずか数十名の観客とともに観たレプリカントの夢。あの夢の続きに、こんな幸福な形でめぐり会える日が来るとは思わなかった。望み通りの編集で公開されなかったリドリー・スコット監督の作品に懸けた信念によって、複数のバージョンが作られ、ビデオの隆盛に歩みを合わせてカルト化した「ブレードランナー」。そして35年後に生み出された正統なる続編。看板を借りて伝説を台無しにするケースも少なくないが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の志は高かった。これから先の世界と人間のあり方を見据えた、新たな伝説が誕生したと言っても過言ではない。スコットが製作総指揮に回り、ヴィルヌーヴにクリエイティブの全面的自由を保証した賜物だろう。世界観を引き継ぎながら、単なるフォロワーに陥ることなく、オリジナリティを全開させている。前作同様、1度観ただけでは把握できないほど情報量は満載だ。ハリウッドが約170億円を投じたエンターテインメント超大作にして、壮大なアートムービーを紐解いていこう。
 ※ここから先はネタバレありで進めますので、「ブレードランナー2049」鑑賞後にお読みください。

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■【ブレランDNAの継承】

埋め込まれた前作のDNAは枚挙にいとまがない。壁を突き破って対決を繰り広げるレプリカントは、親しみを込めて“エンジェル”と呼ばれる一方、“スキンジョブ”と蔑まれる。前作でレイチェルは、手に蜂が止まれば「握り潰す」と言ったが、Kは大量の蜂が身体に止まっても放置したままで、生物共感能力が進化した事実を表す。街には日本語広告が氾濫し、ATARIやPanAmの広告ボードも健在で、老いたガフは再び折り紙を折る。LA郊外を見下ろせば、石油廃棄物の炎を噴き上げる工業地帯に代わって、太陽光発電の白銀のパネルが虚無的に広がり、さらなる環境の悪化を映し出す。あるいは、Kが住むアパートの建物名は「メビウス」とカタカナ表記されているが、それは近未来都市を構築する上で、前作に影響を与えたバンドデシネ「ロング・トゥモロー」を描いたフランス人作家の名前だ。ちりばめられた数々のモチーフの中から、特筆すべきポイントを10個抽出してみた。

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1.<オープニング直後の「眼」のアップ> 誰のものか明かされずに大写しになる眼。前作では眼を覗き込んで共感力の判別テストが行われ、文字通り“眼は心の窓”だった。つまり、前作で眼は人間性の在り処を表し、対立を生む象徴でもあった。その後、新型レプリカントの識別は容易になり、感情移入装備モデルも生まれた。今作の冒頭の眼は、澄んだグリーンの瞳に、ブロンドの柔らかい睫毛。前作とは異なり、若い女性の眼ではないかと思わせる。女性が、この2049年の世界を、冷徹に、そして悲しげに、見つめているかのような幕開けだ。

2.<前作へのオマージュ> ぐつぐつと鍋が煮立つ中、Kとサッパー・モートンが戦うシーンは、前作の脚本初稿にあった幻のシーンを再現したものだ。また、身を隠していたデッカードが姿を現したとき、Kに向かって言うセリフ、「チーズをひと切れ持ってないか? 何度観たことか、チーズの夢を。こんがりと炙ったチーズを」は、スティーブンソン作「宝島」からの引用。これは、前作で新旧ブレードランナーが対面した未公開シーンに呼応する。デッカードが、前任ブレードランナーの病室を訪ねると、彼が読んでいたのは「宝島」だった。

■【アイデンティティと魂】

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3.<「フランケンシュタイン」から「ピノキオ」へ> 叛乱・逃走するレプリカントを捕まえるブレードランナーの役割は同じでも、ストーリーの骨格は変化した。共通するのは、造物主と被造物の物語。ロイ・バッティをリーダーとするレプリカントが、製造元タイレル社の社長を探し当てて復讐を遂げる前作は、「フランケンシュタイン」がモチーフだった。今作のベースは「ピノキオ」。感情は装備しても心が虚ろなKは、出生の秘密に気づいてアイデンティティを求めて彷徨い、大切な人を探す。家事からSEXまであらゆるサービスをKに提供するバーチャルな恋人ジョイは、屋外携帯も可能な“良心”であり、ホログラムAI版ジミニー・クリケットだ。

4.<デッカードとレイチェルの真実> 前作のデッカードは、人間か、それともレプリカントかと議論の対象になった。スコット自身は、「ディレクターズ・カット/最終版」以降にデッカードが見るユニコーンの夢(模造記憶)を挿入し、彼はレプリカントだと発言してきた。しかし今作は、彼の正体を明言していない。レプリカントなら、なぜ老いたのか。人間の老人なら、なぜKと拮抗するほど身体能力が衰えていないのか。そしてまた、前作で逃避行したデッカードとレイチェルのその後こそが、世界を震撼させる秘密につながる。感情移入できるウォレス社製の従順な新型レプリカントは社会に溶け込み、もはや「製造」されたという事実によってしか、人間と分け隔てることができない。しかしタイレル社の最後の型であるレイチェルは、「出産」によって新たな生命を産み落とすという奇跡を起こしていた。記憶に伴う共感力だけでなく、レプリカントに生殖機能までもが備わってしまったとき、人間との違いとは何か? 魂とは何か? と、今作はより深く問いかける。

>>次のページ:タルコフスキー映画へのオマージュ

筆者紹介

清水節のコラム

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。

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