コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第16回
2014年6月3日更新
第16回:みつばちの大地
最近、世界中で「ミツバチが消えて行く」というのがたいへんな問題になっている。在来種の50パーセントから90パーセントが消滅したとか、恐ろしい数字が出ている。この現象には「蜂群崩壊症候群」というおどろおどろしい名称までつけられている。イギリスでは、乗組員がいなくなって幽霊船になった19世紀の奇怪な事件にちなんで「メアリー・セレスト号現象」と呼んでるのだとか。
原因は寄生虫病とか農薬とか、移動のストレスとかさまざまなことが言われているが、はっきりしていない。本作でも、こうした要素が重なりあって起きているのだろうと推測するだけで、明快な答を出しているわけじゃない。
でもこの映画は、ミツバチの消滅を「現代社会が悪いのだ」「地球が死んでいく」などと声高に批判するような内容ではない。そういう大声はときに人を不快にしてしまうものだが、本作はそんな傲慢なやりかたはいっさい採らずに、ただひたすらミツバチの生態の面白さを描き、あっと驚くようなウンチクを散りばめ、そして斬新な映像に酔わせてくれる。BBCなんかがよく作ってるような、とても良質な科学ドキュメンタリなのである。
ハチの飛行シーンが、ビックリするほど美しい。無人のクァッドコプターを使い至近距離から空撮しているらしく、カメラが揺れてるのがハチの浮遊感をうまく表現していて、一緒に飛んでいるような気分になれる。最初に見た時は「これCGなんだろうか?」と感じたほどだった。それほど見事。
さまざまなエピソードが紹介されている。中国では、毛沢東が田んぼのコメをついばむスズメの退治を命じ、全土で数十億羽のスズメが捕られた。この結果、昆虫が大量発生してしまい、これをなんとかしなければと今度は殺虫剤が大量に使われ、そしてミツバチが犠牲になってしまったという。ミツバチが全滅した地域もあり、取材を嫌がられながらも撮影に成功している。そこでは人の手を使って、ミツバチの代わりに必死の授粉産業が続けられているのだ。
こんなウンチクもある。1匹のミツバチの一生は4~5週間で、このあいだに小さじ1杯の蜜を作る。900グラムの蜜をつくるために、ミツバチの群れは世界を3周分も飛翔する。
ミツバチの消滅から唯一逃れられているのは、オーストラリア大陸だという。そこで西オーストラリアの研究者たちは、新しい交配種を実験によって作り出そうとしている。植民者が持ち込んで野生化しているミツバチの精子を、飼い慣らされた女王バチに挿入し、新しいハチを生み出す。変な種が生まれてしまって逃げ出して野生化したらたいへんだから、研究チームははるばる無人島へと渡って、そこで新しいハチを作ろうとしている。もし世界のハチがすべて絶滅しても、この無人島のハチだけは生き残るかもしれない。まさにノアの方舟計画なのだ。
小さなハチたちの物語なのに、なんともいえない壮大な歴史と世界を感じさせてくれる。
アメリカでは20世紀に入ってから、「キラービー」と呼ばれる殺人バチの群れに悩まされている。もともとアメリカ大陸にはミツバチがいなかった。ヨーロッパのセイヨウミツバチを植民者が持ち込んだが、熱帯での生存には適していない。そこでブラジルの人がタンザニアのアフリカミツバチとかけ合わせて見たところ、これが野生化して凶暴な殺人バチへと変身したのだった。
殺人バチを生け捕りにして養蜂しているアリゾナ州の養蜂業者は語る。「たしかに凶暴だ。でも良いハチミツを作るんだよね」
そして彼は、殺人バチの来襲を、移民になぞらえて言う。「われわれは外国人の侵入を恐れている。もとはみんな移民なのにね」「アフリカバチたちはやってくる。書類も許可もパスポートもビザもなしにね」
「彼らは飼い慣らされることなくいままでやってきたハチたちだ。人はそこに恐怖を感じるんだ。きっと彼らは人類が滅びた後も生き続けるだろう」
野生とはなにか。人間と自然の関係とはなにか。
この映画は余計な主張は語らない。ただ淡々と、鮮烈な映像をつなぎ、ハチについてのさまざまな人々の語りをつづっていくだけだ。しかしそういう寡黙な映画だからこそ、観るものにさまざまなことを考えさせてくれるのだ。
■「みつばちの大地」
2012年/ドイツ=オーストリア=スイス合作
監督:マークス・イムホーフ
岩波ホールにて公開中、全国順次公開
⇒作品情報
筆者紹介
佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。
Twitter:@sasakitoshinao