コラム:若林ゆり 舞台.com - 第54回

2017年4月4日更新

若林ゆり 舞台.com

第54回:中村屋兄弟が赤坂で挑む新作歌舞伎の斬新さにワクワク!

「芸能の街、赤坂で歌舞伎を!」という十八代目中村勘三郎丈が発した鶴の一声により、2008年からTBS赤坂ACTシアターでスタートした赤坂大歌舞伎。勘三郎丈亡き後も息子の中村勘九郎・中村七之助兄弟が後を引き継ぎ、この4月には5回目を迎える。今回は、中村屋兄弟にとっても大冒険。なんと小劇場界が生んだ気鋭劇作家である蓬莱竜太を招いて、まったくの新作に挑むというのだ。

プロデュース力とチャレンジ精神をもった歌舞伎俳優たちのおかげで、つねに進化を遂げている歌舞伎の世界。とくに勘三郎丈は野田秀樹(「野田版 研辰の討たれ」など)や宮藤官九郎(「大江戸りびんぐでっど」)、渡辺えり(「今昔桃太郎」)といった演劇界の才能を歌舞伎へと招き入れ、新たな可能性を押し広げてきた名プロデューサーでもあった。その息子、中村勘九郎がその血を引き継いでいるのは当然といえば当然だが、思い切ったなぁと感心せざるを得ない、大胆にして斬新、あっと驚くこと請け合いの演目。会見で勘九郎自ら「台本ができましたが、まあ、とんでもない話です。演劇界の大事件になると思います」と語った作品は、題を「夢幻恋双紙 赤目の転生」という。この稽古場に潜入、作・演出の蓬莱竜太に話を聞いた。

稽古場での蓬莱、七之助、勘太郎(左から)
稽古場での蓬莱、七之助、勘太郎(左から)

蓬莱は劇団モダンスイマーズの座付き作・演出家として作品を送り出しながら、外部のプロデュース公演、映画(「ピンクとグレー」など)やドラマにも脚本を提供。2008年の「まほろば」では岸田國士戯曲賞、2016年の「母と惑星について、および自転する女たちの記録」では鶴屋南北戯曲賞に輝いた注目の逸材。5、6年前から芝居を見に来た勘九郎との間に交流が生まれ、歌舞伎も見始めたというが、「ほとんど未知の世界」だという歌舞伎を書くことに怖さは感じなかったのだろうか?

「勘九郎さんからオファーが来たときには、歌舞伎というのはどういうふうに台本を作るのか、どういうふうに稽古をするのか想像がつかなさすぎて。だから恐さというより『?』ばかりが頭の中にある感じでしたね。『言葉遣いとかそういうのは僕、わからないよ』と言ったら、勘九郎さんは『とりあえず、現代言葉でいいから書いてよ、そこから現場でなんとかしていけばいいから』と言ってくれた。『どうやって歌舞伎にするのか、それだってわからない』と言うと、『それはもう、歌舞伎役者がやるから。そうすれば歌舞伎になるんだから』って。『何をもって歌舞伎とするか、なんてないんだ』ということを勘九郎さんは常々おっしゃっていて。『極端な話、見得を切る場面が1つもなくたっていいし、ツケ(歌舞伎特有の効果音)がなくたっていいから、自由にやってくれ』ということでした」

蓬莱が書いたのは、愛をめぐる転生の物語。勘九郎が演じる、気が弱くてパッとしない男・太郎は、長屋の隣に越してきた女・歌(七之助)に惚れ「絶対に幸せにする」と夫婦になる。ところが結婚生活は歌にとって幸せとはほど遠く、太郎は歌の兄・源之助に殺されてしまうのだが、ハッと気づけば別人格の太郎として転生していて、歌との結婚生活をやり直すことになるという奇想天外な話。なんという新しさだろう、と衝撃を受けること請け合いだ。

赤坂氷川神社での成功祈願で。左から、片岡亀蔵、中村ていう、中村勘九郎、市川猿弥、蓬莱竜太、中村亀鶴、中村七之助、中村鶴松
赤坂氷川神社での成功祈願で。左から、片岡亀蔵、中村ていう、中村勘九郎、市川猿弥、蓬莱竜太、中村亀鶴、中村七之助、中村鶴松

「勘九郎さんも七之助さんも、すごく『新しい!』って言ってくれています。僕は新しいものを書こうとはあまり意識していなかったので、『あ、新しいんだ』と、その反応がかえって新鮮だったという(笑)。もともとの発想は、勘九郎さんのいろんな役が見たい、という思いからだったんですよ。歌舞伎を見に行くと朝から夜までいくつかの演目をやっていて、いろんな勘九郎さんを見られますよね。昼の部の勘九郎さんはこうだったのに、夜の部じゃ全然違う。それが僕にとって歌舞伎を見に行く楽しみの1つで。だから今回、勘九郎さんにやってもらうにあたって、1つの役だけじゃもったいないなと思った。いろんな勘九郎さんを見たい。それで、人格が違う太郎という役を演じ分けてもらえればと思いついたんです。それに対して七之助さんがどういう関わりをするのか。それはガッツリ兄弟でやってもらいたい。僕自身が見たいものを書いたという感じなんです」

狙った新しさではない、蓬莱独自の世界観や人間描写が生きている。空回りする想いや人間の業といった、蓬莱がもともと小劇場で表現していた味わいがそのまま歌舞伎という世界に放たれたような、自由な感覚が新鮮なのだ。

「勘九郎さんも七之助さんも『恋愛あるある』がすごくちりばめられてるっておっしゃってましたね。『こういうケンカって絶対みんなしたことあるよね、けっこう身につまされるね』なんて(笑)。あの恋愛における男女の温度差みたいなの、不思議ですよね」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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