ズート・シムズ : ウィキペディア(Wikipedia)

ズート・シムズZoot Sims、1925年10月29日 – 1985年3月23日 ニューヨーク・シティ)は、アメリカ合衆国のジャズ・サクソフォーン奏者である。

来歴

主にテナー・サクソフォーンとソプラノ・サクソフォーンを演奏したallaboutjazz 。本名はジョン・ヘイリー・シムズ(John Haley Sims)といい、ズートは渾名である。この渾名は、カリフォルニアでケニー・ベイカー楽団に在籍中に付けられたものである。

カリフォルニア州イングルウッドに生まれた。彼の兄はトロンボーン奏者のレイ・シムズである。Levinson, Peter J. (2005). <i>September in the Rain: The Life of Nelson Riddle</i>. Taylor Trade Publishing. p. 140.ヴォードヴィル芸人の家庭に生まれ、タップダンサーだった父親から、さまざまなステップを仕込まれる。また、少年時代にドラムスとクラリネットの演奏を習い覚えた。

レスター・ヤングの足跡を追ってサクソフォン奏者となり、生涯を通じてベニー・グッドマンやアーティ・ショウ、スタン・ケントン、バディ・リッチらの著名なビッグ・バンドと共演し、テナー・サクソフォーン演奏の改革を繰り広げた。また、第2期ウディ・ハーマン楽団の「フォー・ブラザーズ」の一人に数えられ、ジャズ・ミュージシャンの間ではスウィング様式による最強のサクソフォーン奏者として知られた。シムズはしばしば自身のコンボを結成し、また時にはジェリー・マリガン・セクステットや後にはマリガン・コンサート・ジャズ・バンドと演奏旅行を行なった。

1950年代と1960年代には、アル・コーンと共同で長期にわたってクィンテットのリーダーを務め、「アルとズート」名義で録音を行なった。このクィンテットはニューヨークのクラブ「ザ・ハーフ・ノート」が贔屓にした。ズートはいつでもテナー・サックスの高い音域を好んでおり、それでアルト・サックスや、後年(ノーマン・グランツのパブロ・レーベルに一連のアルバムを録音していた時期)になると、ソプラノ・サックスを好んで吹くようになる。また、ジャック・ケルアックのいくつかの録音にも参加した。

また、1962年にジャズとボサノヴァを結合したアルバム『New Beat Bossa Nova』を録音した。

関連項目

  • バド・シャンク
  • フィル・ウッズ

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2025/11/05 08:18 UTC (変更履歴
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